「い・な・か・も・ち」 健康情報、見極める力を
発信時期や根拠などを確認
「ネットで評判の肌によいサプリを手に入れた」と自慢げに話す東京都在住の女性(46)。これまでも便通改善や老眼予防、脂肪燃焼などとうたう商品を口コミや体験談を参考に購入してきた。だがいずれも中断。「問題はないけれど、3カ月使ったのに効果が感じられない」とぼやく。
厚生労働省の調査で、健康に関する情報源として「いつも接している」と回答した割合が最も多かったのはインターネット。健康食品だけでなく、体の不調を感じて病気を疑い、スマートフォンやパソコンで情報を検索する人は多い。
期待だけ大きく
こんな状況に対し、国の食品安全委員会は昨年12月「消費者は健康食品のリスクについての情報を十分に得られないまま、効果への期待だけを大きくしやすい状態に置かれている」との分析を公表。「口コミや体験談、広告などの情報をうのみにせず、信頼できる情報を基に、今の自分にとって本当に安全なのか、役に立つのかを考えて」と呼びかけた。
情報を得ること自体は簡単になった。だが、そこから先が問題だ。たった数人の体験談だけで、自分にもその食品や器具が合うと早合点していないだろうか。
情報機器やソフトウエアの知識があり、うまく使いこなせる人を「IT(情報技術)リテラシーがある」などという。同様に、健康や医療に関して得た情報をきちんと理解して評価し、活用する力は「ヘルスリテラシー」と呼ばれる。
比較が大事
ヘルスリテラシーを研究する聖路加国際大学の中山和弘教授は「日本人は自分自身の健康に関することでも、目上の人の考えや権威的な情報に従う傾向が強い」と指摘。「複数の選択肢の中から自分で意思決定することが苦手だ」と話す。
そこで、同大のプロジェクトチームは、一般の人がヘルスリテラシーについて学ぶためのeラーニング教材を作った。開発に携わった同大学学術情報センター図書館の佐藤晋巨氏が提唱するのが、情報を見極める際のキーワード「い・な・か・も・ち」だ。
「い」は情報がいつ書かれたか、「な」は何のために書かれたか、「か」は書いた人は誰か、「も」は元ネタ(根拠)は何か、「ち」は違う情報と比べたか。それぞれの頭文字をとった語呂合わせが、いなかもちだ。
なぜ情報が出された時期が重要なのだろうか。例えば、病気の治療法に関する情報の場合、新しい治療法が開発されたら、以前の情報は役に立たなくなることがある。特にネットでは古い情報でも消えずに残っているので注意が必要だ。
ネットを検索すると、行政や大学など公的な機関が発信した情報も、個人の意見や企業の宣伝も、区別せずに表示されている。誰が書いているかを確認することは、書かれた目的を知ることにもつながる。
「○○が健康にいい」という情報にも要注意。体験談やたくさん売れているという情報だけでは、科学的な裏付けがあるかどうか分からない。人を対象にした試験が行われたか、その成分が有効であると公的に認められているかなどを、できる限り確認するようにしたい。
違う情報と比較することも大事だ。ある人には合っても、自分には合わないこともある。
佐藤氏は図書館員として、本の奥付から著者名(誰)や発行日(いつ)を調べたり、参考文献(元ネタ)を調べたりするという。また、主張の異なる複数の本をそろえて利用者が比較できるようにしている。ネットでも同様に、別の見方をしている情報が無いか調べるといい。
ヘルスリテラシー教育を始めた学校もある。愛知教育大学付属名古屋中学校の森慶恵教諭は授業で「背を伸ばす方法」といった身近なテーマでタブレット端末から情報を検索、収集させた。見つけた情報の信頼性について話し合ったところ、生徒から「発信源が特定できない」「1人の体験談では本当かどうか分からない」といった反応が返ってきたという。大人もこういった見方を身につける必要がある。
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相談できる専門家いますか?
日本人の「ヘルスリテラシー」は他国と比べてどうなのだろう。中山氏の研究グループは、47項目からなる尺度を使い、日本人約1000入を対象に調べ、欧州8カ国の人と比較した。
結果、日本人は情報の入手、理解、評価、活用のすべてで欧州の人より能力が低かった。なかでも「病気になったときに、医師や薬剤師、心理士など専門家に相談できるところを見つける」のが苦手なようだ。「とても難しい」「難しい」の割合は欧州が約12%なのに対し日本は約63%。普段からかかりつけの医師や薬剤師に相談できる関係づくり、学会ホームページなどの活用で適切な情報を得る努力をしよう。
(ライター 北沢京子)
[日経プラスワン2016年9月3日付]
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