アイスべきコーヒー、進化の旅森の秘薬、火と出合い覚醒

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第3の波と言われるコーヒーブーム。起源のエチオピアでは薬だった。赤い実が癒やしの黒い液体になった変遷をたどると、豊かな進化が見える。起源の生産地と消費者を結ぶ新たな関係も生まれている。

コーヒーの起源はアフリカのエチオピアにある。コーヒーチェリーと呼ばれる赤い木の実がどうしてコーヒーになったのか。秘密を知るため、神戸市にあるUCC上島珈琲のコーヒー博物館を訪ねた。

誕生の物語を展示している。9世紀より前、エチオピアのヤギ飼いカルディが、コーヒーの赤い実を食べて興奮するヤギを見つけた。自分も食べると気分がすっきり。以来、僧侶たちが睡魔を払うのに実を煎じて飲み、イスラム圏に広がって消化や利尿作用を持つ秘薬となったという。ただこれは赤い実と、中にある緑の生豆を使う段階だ。

運命を変えたのは「火との出合い」。(1)山火事でコーヒーの実が焦げた(2)薬を作る際に実がこぼれて火に触れたの2説ある。香ばしい香りを知った人々のうちイスラム教徒は緑の豆を焼く「焙煎(ばいせん)」を始め、煮出して飲む黒いコーヒーが誕生した。

17世紀に日本上陸 神戸に初の喫茶店

16世紀ごろから欧州各国に渡り、愛飲されるようになる。山岡昭雄館長は「焙煎、抽出器具の発明や器のバリエーションがコーヒーの楽しみ方を大きく広げ、消費を拡大させた」と話す。

日本には17世紀末、長崎県の出島にオランダ人が持ち込んだ記録がある。19世紀半ばごろまでは役人や遊女ら限られた人だけが飲んでいたようだ。「カウヒイ」と呼び、「焦げくさくして味ふるに耐えず」と評判は芳しくない。

神戸市の元町通に放香堂という江戸時代から続くお茶の店がある。明治初期の1878年に「コフィー」という見出しで新聞広告を出している。同店によると「日本最初の喫茶店」。当時をイメージしたインド産の豆を使う「麟太郎」というコーヒーが飲める。苦みが強い重い味わい。「石臼で細かくひき、ペーパーを使わない昔ながらの方法で抽出する」とマネージャーの武田昭雄さん。

日本のコーヒーの歴史は戦争で一時途絶える。第1の波が来たのは戦後の1950年代からだ。「名曲喫茶」「美人喫茶」「ジャズ喫茶」。コーヒーの輸入が自由になり、喫茶文化が花開く。インスタントコーヒーも普及し始め、69年にはUCCが世界初の缶コーヒーを発売、一気に身近な飲み物として定着した。

シアトル系が席巻 家庭用に本格機器

現在、国内に約1200店舗を構えるスターバックスコーヒーが東京・銀座に第1号店を出したのが96年。チェーン店は80年代から登場していたが、米シアトル系と呼ばれる同店の上陸が第2の波の始まりだ。「店外や職場で飲むスタイルと、カプチーノやカフェラテといった多様化を生んだ」(広報部チームマネージャーの山口哲司さん)。

現在は第3の波が押し寄せる。コンビニでそこそこおいしいレギュラーコーヒーが100円程度で飲める一方、おいしさを追求したコーヒーに注目が集まる。2015年に東京都江東区に開店した米ブルーボトルコーヒー。創業者のジェームス・フリーマン氏が「日本の喫茶店の店主が豆を選んで自分の手で一杯ずつ入れるスタイルに感銘を受けた」というのが原点だ。厳選した豆を訓練を受けた店員が一杯ずつ丁寧に入れる。

この潮流が家庭にも広がっていると聞いて、コーヒーメーカーを開発した暖房器具のダイニチ工業(新潟市)の営業所を訪ねた。「カフェプロ」は1台8万円するが、売り上げはこの7年間で2.3倍になった。薄緑色をした生のコーヒー豆を、深め、浅めと自由に焙煎できる。10分ほど煎ると見慣れた茶色の豆になり、いい香りが漂う。

粉にひくミル、湯を落とすドリップまで1台でできる。煎りたてひきたて入れたてのコーヒーは香り高く、酸味が新鮮だ。野口武嗣広報室長は「家庭用に買う個人が増えている。一手間かけると確実に味が良くなる楽しさがうけていると思う」と話す。

生産地へ配慮する活動も広がる。スターバックスは現地農家の栽培を支援し、環境や品質に責任を持って育てた豆を「倫理的な調達」と定義。15年に調達は99%に達した。エチオピアの原生林を守る「森林コーヒー」の生産に取り組むのはUCCだ。担当課長の中平尚己さんは「品質のいい豆の生産を支援すると農家の所得は増え、我々は貴重な豆を安定して入手できる」。

エチオピアに始まったコーヒーは、原点回帰するように持続可能な農産物として生き続けている。

記者のつぶやき

■かぐわしき変身 焙煎の力に感謝
何でこんな飲み物や食べ物が生まれたんだろう。そう不思議に感じるものは少なくない。コーヒーと同様に黒いコーラがそうだし、豆腐やかまぼこやこんにゃくも原材料からは想像できない姿だ。
コーヒーの実は赤く、緑の生豆は生臭い。火との出合いがすべてだった。火が黒く焦がして初めてあのコーヒーの香りが生まれた。出合いに感謝したい。
(大久保潤)

[日経プラスワン2016年9月3日付]

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