AI小説「人間とは」問うぼやける機械との境界、作家を刺激

AIを題材にした小説の刊行が相次いでいる
AIを題材にした小説の刊行が相次いでいる

人工知能(AI)を題材にした小説が増えている。AIは囲碁や将棋で人間をしのぎ、小説も執筆する。人と機械の境界が曖昧になり、作家たちは「人間とは何か」と問い直そうとしている。

20世紀の伝説的なジャズプレーヤー、エリック・ドルフィー。独特の即興ソロで知られた彼の名を引き継いだロボットが、今は亡きドルフィーの演奏を完全に再現する。そればかりか、コピーすべき音源が残っていない曲も「間違いなくドルフィー節」で演奏する。まるで本人が実際に演奏しているかのように――。

奥泉光

あまたの文学賞を受け、芥川賞選考委員も務める奥泉光(60)が6月に刊行した長編小説「ビビビ・ビ・バップ」(講談社)の一場面だ。AIが日常に深く入り込んだ近未来を描いた。

執筆を始めた2013年、現実世界では将棋のプロ棋士がコンピューターソフトに負けそうだった。それでは、ほかのジャンルはどうか。「たとえばジャズにAIは対応できるのか」と興味を持ったのが執筆のきっかけだったという。

他者の演奏にアドリブで応えるジャズのセッションは機械には難しいように思える。だが、感覚的に演奏しているようで、アドリブも過去のフレーズの組み合わせにすぎないという。奥泉は「それならば全てのデータを入力すれば、機械もジャズを演奏できるはず」と考え、660ページに上る大部を書き上げた。

価値観の違い描く

朝井リョウ

やはり、音楽に着目したのが、直木賞作家の朝井リョウ(27)だ。近著「ままならないから私とあなた」(文芸春秋、16年4月刊)の表題作は「自分だけの、唯一無二の音楽」にこだわる作曲家の雪子と、「どこでも、誰でもできるようになったほうが、便利でいい」と考える合理主義者の薫が主人公だ。

幼い頃から親友だった2人が、薫が演者の癖を読み取り、どんな曲でもその人らしく演奏できるソフトを開発したことを機に、大きくすれ違っていく。「実際にピアノの再生機能が人間を追い抜きつつあると聞き、構想が膨らんだ」(朝井)

初めは新入社員対団塊世代といった世代間対立を書くつもりだったが、「同世代でも最新技術を抵抗なく受け入れる人もいれば拒否する人もいる」(朝井)。新しい技術の登場に人々が戸惑う時代状況を敏感にくみ取って、価値観の違いを同い年の2人の登場人物に代弁させた。

朝井は「AIに芸術は生み出せるし、すでに生み出している」との考えを持ち、「プロットはAI、文章は人間という合作が早くできるようになってほしい」と話す。朝井と同様、AIとの共作に肯定的なのが芥川賞作家でSF小説も手がける円城塔(43)だ。「現状でも小説執筆は機械(ワープロソフト)との共同作業。AIも含めて、使えるものは使えばいい」と話す。

円城塔

15年8月に刊行した短編集「シャッフル航法」(河出書房新社)では、作成したプログラムで文章を並べ替えた実験的な作品も収めた。一方、長編小説「エピローグ」(早川書房、15年9月刊)では、高度なAIが制御する宇宙で人類が暮らす世界を描く。

そこでは、やり取りできるものは情報だけでそれだけでは相手が人間なのかどうか判断することさえ、すでにあやふやだ。「全てがデータ化されると(人間の)アイデンティティーはどうなるのかという問いを突き詰めた」と円城は話す。

「法則化」に抵抗

かつてSFが描いたような世界が現実味を帯びる今。AIが囲碁や将棋では人間を上回り、小説や音楽などの芸術も生み出せるとしたら、人間を人間たらしめるものは何なのか。こうした根源的な問いに、作家たちの創作意欲が刺激されるのも当然だろう。

ロボット研究の最前線ルポ「明日、機械がヒトになる」(講談社現代新書)を執筆した小説家、海猫沢めろん(41)は「人と機械の境界はすでに消えている。正確に動く機械と異なり『法則化』されることに抵抗し、そこからはみ出そうとするのが人間なのかもしれない」と指摘する。

奥泉も「正解は分からないが、他人と対話し、相手に合わせて相手を思いやるといった能力こそが重要になりそうだ」と推測する。AIを見つめ、AIにないものから「人間らしさ」をすくい取ろうとする試みはまだまだ続きそうだ。

(文化部 岩本文枝)

[日本経済新聞夕刊2016年8月29日付]

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