薬物依存症 集団療法に活路
専門施設の増加期待 診療報酬の対象に
「過去には薬が切れてベッドから起き上がれず、売人に宅配を頼んだことがある」「(使用したい気持ちが高まるため)飲酒は止められていたがつい飲んでしまった」
赤裸々に経験語る
8月中旬、神奈川県立精神医療センター(横浜市)での薬物依存症の集団療法。男女8人が薬物に手を染めた経験や使いたい瞬間、思いとどまった方法を赤裸々に語った。
参加した男性(35)は「家族に話すと心配される話でも『私も経験がある』と笑い合えるし、本音で話せて色々な意見が聞ける」。薬物使用に伴う症状の治療のため、1カ月前まで同センターに入院していたという女性(25)は「退院後も継続して通える場所があるのは安心」と話す。
同センターで取り組んでいるのが「SMARPP(スマープ)」と呼ばれる薬物依存症の集団療法だ。2006年に開発された治療プログラムで、週1回90分、専用テキストに自分の実体験や使いたいときの対処法などを書き込み、それらを互いに話し合う。
薬物依存症には軽い気持ちで薬に手を出してしまい、断ちきれなくなった人が多い。同療法では同じ境遇の人と正直に話し、理解し合うことが継続参加への動機づけになるという。16~24週間続けて薬物の知識を含め習得・共有し、依存からの脱却を目指す。
従来、こうした集団療法は精神科医や看護師、作業療法士による手弁当で実施されてきた。だが4月の診療報酬改定により、医療機関は患者1人あたり1回3400円の報酬を得られるようになった。
改定は6月に始まった「刑の一部執行猶予」をにらんでのもの。有罪判決を受けた薬物使用者の刑期の一部を猶予できるようになり、社会での更生を探ることになった。スマープを開発した国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦・薬物依存研究部長は「長期に服役しても出所直後に薬物を再び使うケースは多い。薬物依存は刑罰より治療が重要だ」と強調する。
診療所が参加意欲
まだスマープを行うのは病院や自治体の精神保健福祉センターを合わせ約40カ所にすぎない。報酬対象のアルコール依存症などと違い、手間に見合う収入がなかったためだ。今回の改定で神奈川県立精神医療センターの小林桜児・専門医療部長は「スタッフが少ない診療所でも取り組みやすくなり、対応できる場が増えそう。実施中の病院も専任スタッフなどを雇いやすい」と期待を寄せる。
実際、同センターが7月に開催したスマープの研修会は定員40人が精神科のある診療所の職員で埋まった。昨年までは参加は保健所など行政関係者に限られており、担当の大曽根しのぶ福祉医療相談科長は「興味を持つ医療機関は着実に増えている」と話す。
薬物依存症の治療には対面方式のカウンセリングもある。その中で集団療法に診療報酬が認められたのは、患者同士が語り合うことでの「治療継続率の高さ」が理由だ。
国立精神・神経医療研究センターの松本氏は「薬物依存症は完治することが難しい慢性疾患。まずは『本当は薬をやりたい』と打ち明けられる場所が必要だ」と指摘。「スマープなら3カ月後も7~9割の人が治療を続けられる。少なくとも各県に1カ所以上はこうした集団療法ができる施設を整え、患者が通いやすいようにすべきだ」と話す。
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検挙、覚醒剤が突出 6割超す再犯 対策急務
違法薬物を巡る犯罪で最も多いのが覚醒剤だ。厚生労働省によると、2014年に覚せい剤取締法違反で検挙されたのは約1万1千人で、大麻取締法違反の6倍にのぼる。同年の検挙者は05年に比べて2500人ほど減ったものの、再犯者の割合は64.5%と逆に10ポイント高まった。
11年の同省の調査では、これまで覚醒剤を1回でも使ったことがある「生涯経験率」は全体の0.4%だった。米国は5.1%、英国は11.9%で、日本は先進国の中で低い。啓発活動や取り締まり強化で使用者は少ない半面、依存症患者への対策は遅れ、使用が繰り返される事態を招いているとの見方もある。
15年11月、厚労省と法務省は共同で刑務所出所者の支援に関するガイドラインを策定。その中で「規制薬物の乱用は犯罪行為であると同時に、しばしば薬物依存の一症状でもある」と位置づけた。再犯を防ぐには本人や周囲が依存症を病気ととらえ、治療に結びつける必要がある。
(鈴木卓郎)
[日本経済新聞朝刊2016年8月28日付]
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