花火の進化、見届ける 審査委員務め安全など研究
新井充・東京大学環境安全研究センター教授
夜空に美しい花を咲かせる打揚(うちあげ)花火は日本の夏の風物詩だ。線香花火など家庭で楽しむ花火もあるし、運動会の朝には号砲代わりに打ち揚げられる。海外にも花火はあるが、生活の中で深く心に根付いている点が日本の特徴といえるだろう。
私は大学で火薬を研究テーマとしていることもあり、東京・隅田川花火大会などで優秀な花火作品を選ぶ審査委員も務める。27日に第90回大会が開かれる秋田県大仙市の全国花火競技大会「大曲の花火」では、5年前から審査委員長となっている。大曲の花火は茨城・土浦全国花火競技大会と並び全国で2つだけ内閣総理大臣賞が最優秀製作社に贈られるだけに、楽しみながらも緊張して審査にあたっている。
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アジア代表で海外視察
国際花火シンポジウム協会(本部カナダ)のアジア担当理事として海外の花火を見る機会も多い。おのずと国内外の花火への関心は高まり、様々な視点から調査・研究に取り組んできた。
審査委員をしていて感じるのは打揚花火の進化だ。例えば「牡丹(ぼたん)」「菊」など丸く花のように開く「割り物」花火で同心円状の花心を持つのが日本独自の「芯入割り物」。この芯が2重に進化したときは「八重芯」と命名されたが、さらに「三重芯」「四重芯」「五重芯」と多重化が進む。
大曲の花火の「夜花火の部」は、外径約29センチの10号玉を打ち揚げ、個々に評価する「10号玉の部」と、規定内のサイズ、個数、時間に構成された組花火を評価する「創造花火の部」がある。10号玉は2発打ち揚げ、うち一つが伝統的な芯入割り物。大曲でも五重芯は高く評価されるが、特に大切なのは完成度で、完成度の不十分な五重芯よりは完璧な三重芯や四重芯を評価するという審査方針を打ち出している。
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職人の勘にはかなわず
実は私も若い頃、研究の一環として花火作りに取り組んだ。花火の火薬は基本的に酸化剤と可燃剤で構成されており、酸化剤は色を伴った光を発する色火剤を兼ねる。花火の三原色は青、赤、緑もしくは黄で、赤光には硝酸ストロンチウムなど、緑光には硝酸バリウムなど、青光には酸化銅などが使われる。理想的な色火剤の組み合わせで、花火の色をより良いものにしようと考えた。
しかし、実験はうまくいかなかった。最も美しい色を出す温度が色火剤ごとによって異なり、こちらを立てればあちらが立たず。どうやって作っているのかを知り合いの花火師さんに聞くと「長年の勘」との答え。我々は「理論」で勝負しようとしたが、「経験」にはかなわなかったわけだ。
以来、私の花火に関する研究は安全面が中心になっている。酸化剤として長く使われてきた塩素酸カリウムは、爆発感度が高く、偶発的な発火を起こしやすい。1992年に起きた煙火(花火)工場の爆発事故をきっかけに、通商産業省(現経済産業省)及び日本煙火協会は、より安全な過塩素酸カリウムへの変更を指導している。私は花火の成分、製造・保管方法、打ち揚げのやり方などを検討、安全で楽しい花火大会の実現に向け、役立ちたいと思っている。
国際花火シンポジウム協会は92年から各国で大会を開いている。私は2005年の滋賀、09年のメキシコ、10年のポルトガル、12年のマルタ、15年のフランスの大会に参加した。印象深かったのがメキシコ。仕掛け花火が盛んで、一部がクルクル回ったり、模型のヘリコプターのプロペラが花火の力で回転、ヘリが飛び上がったりした。
17年4月には国内2度目の国際花火シンポが大仙市で開かれる。国内外の花火の打ち揚げとともにトレードショーもあるので、日本の花火の存在をアピールする機会となることを期待している。
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「花火の事典」を刊行
今年6月には知り合いの研究者らとともに、様々な視点から花火を読み解いた「花火の事典」(東京堂出版)を刊行した。私は「花火の材料」を解説するとともに、大筒、手筒などの噴出花火や龍勢などのロケット花火といった「伝統的花火」の項も執筆を担当した。
竹筒を持ち火花を噴出させる手筒は、愛知県豊橋市の吉田神社が発祥とされており、多くの伝統的花火は五穀豊穣(ほうじょう)などを願う神事と結びついている。日本人と関わりの深い花火を花火師の方々とともに次代に伝えていきたい。
(あらい・みつる=東京大学環境安全研究センター教授)
[日本経済新聞朝刊2016年8月23日付]
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