彫刻置く台座・額縁… 展示の脇役がアートに
彫刻を置く台座、額縁、ショーケース、展示室の装飾……。展示物を見せる仕掛けにすぎないモノをアートとして捉える展覧会が相次ぐ。視点を変えることで、美術の枠を広げる試みだ。
がらんとした広い展示室に、台座やガラス張りのケースがぽつりぽつりと置かれている。白い壁には棚や額縁が並ぶ。ふつうの美術展であれば、こうした設備の上や中には絵画や彫刻の作品が鎮座しているはずだ。
だが、埼玉県立近代美術館(さいたま市)と遠山記念館(埼玉県川島町)で9月4日まで同時開催中の「竹岡雄二 台座から空間へ」展は違う。本来なら主役となる美術作品が見当たらないのだ。
見せ方の価値
「美術家は『作品をつくる』ことに頭を使うけれど、自分はちょっと発想を転換して『作品を見せる』ことに注目してやろうと思った」。ドイツ・デュッセルドルフ在住の彫刻家、竹岡雄二は今回の企画の意図をこう語る。
一般に美術展で台座やショーケースは美術作品を保護したり引き立たせたりする道具にすぎないと考えられてきた。それゆえ、展示物を見せる仕掛けの美的価値が評価の対象になることもあまりなかった。竹岡の展覧会はこうした美の「脇役」を主役の座に据えた点がユニークだ。「展示という行為そのものがアートになり得るのではないか」と問いかけてくるようにも感じられる。
東京都内の高校の文芸部員を引率して来た男性教諭(38)は「小説を装丁や活字といった道具立てに注目して楽しむのに似ている。アートにはいろんな視点があっていいと気付かされて面白い」と話す。
「『ものを見せる』とはどういうことかと考えているうちに、今度は『空間を見せる』とは何かという問いに進化した」と竹岡は指摘する。美術を展示する「空間」である美術館も、竹岡の手にかかれば一つの作品に様変わりする。
展示室の壁に金属板をめり込ませ、外側をアクリル板で覆った「ミュージアムV―サイト」。本来なら真っ白で何の意味も持たないはずの壁が、ちょっとした工夫で作品に見えてしまうから不思議だ。
20世紀の美術展示は、一面を白や黒という中性的な色で塗りつぶした壁に作品を掛ける方法が主体だった。「周りに左右されず、作品そのものを鑑賞できるように展示するのが客観的で科学的だと思われていた」。長らく美術館や博物館の展示方法を研究してきた東京大学総合研究博物館の西野嘉章館長はこう指摘する。
西野館長によると、1990年代あたりから、従来の考え方に少しずつ変化の兆しが表れたという。例えば、ロマン主義や新古典派の絵画展示は作品が制作された19世紀フランスの室内を再現するなど「学芸員や時には作家自身が『作品をこう見せたい』という主観を前面に出して展示デザインを組み立てるようになってきた」(西野館長)
ケースは文化財
東大総合研究博物館がJR東京駅前のJPタワー内で運営する「インターメディアテク」は展示物だけでなく展示デザインそのものに独創性を凝らしたミュージアムの見本といえる。
5月に始まった「雲の伯爵」展は富士山に生じる雲の研究に携わった旧福山藩主・阿部家の第15代当主、阿部正直(1891~1966年)の業績を紹介する。阿部が富士山麓に研究所を設立した昭和初めの雰囲気を出すため、阿部が撮った雲の写真や観測機器は東大の理系研究室で使われてきた年代物の標本箱や額縁を使って展示した。
東大所蔵の学術標本を展示する部屋には昨年10月、仏リヨンのギメ博物館で東アジアの文物を収蔵するため1世紀以上前に特注されたとみられる展示ケース6台を据え付けた。
「擬アジア様式ともいえる意匠のケース自体が19世紀の東西交流の一端を伝える文化財で、鑑賞の対象になる。今後も展示デザインに著作権が主張できるぐらいの意気込みでやっていきたい」と西野館長は話す。
(文化部 郷原信之)
[日本経済新聞夕刊2016年8月15日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。