死すべき定め アトゥール・ガワンデ著
介護施設の残酷な現状と希望
この本は老いと死を扱っている。一昔前までは、末期がんにかかった患者が死をどう受容するかが大きなテーマであった。本書の著者ガワンデは、今日の介護施設で老いていく高齢者とその家族に焦点を当てて、その残酷なまでのプロセスを描き切っている。本書には、老いて死んでいく人間の生々しいまでの真実が描かれており、読者は畏れにも似た感銘を受けることであろう。
人間は歳(とし)を取るにつれて、身体が少しずつ動かなくなり、やがて他人からの介護なしでは生活できなくなる。記憶がどんどん衰え、何度も同じ話を繰り返すようになる。ところが、そうした高齢者が入所する施設は、彼らの生きがいを支援するようにはできていない。なにしろ、そこでなによりも大事にされるのは、入所者たちの身体の健康と安全であるからだ。
転倒を防ぐために、あるいは血圧を安定させるために、彼らの自由と自律は阻害される。スタッフは着せ替え人形を着替えさせるようなケアをする。介護される側ではなく、介護する側がスムーズに動けるために最適化された施設内の空間で、入所者たちの目の輝きはだんだんと失われていく。思うように身体を動かせず、精神も不確かになった彼らは、クリーンな施設の中で「生きる意義」を見失うのである。
ガワンデが描写する米国のナーシング・ホーム(高齢者施設)の様子は、日本のそれとほとんど同じであろう。彼は医師である。自分の患者たちと、自分自身の両親の老いの姿を克明に記録している。そしてこのような高齢者介護の現状が変わらないかぎり、人間が満足して死にゆくことはできないと訴える。
ガワンデはいくつかの希望を書いている。ある施設では、動物や植物を大量に持ち込んで入所者たちに生命の息吹を感じてもらう試みを始めた。犬4匹、猫2匹、インコ100羽が施設内で暮らし始め、入所者たちはそれらの動物たちの声を聴き、彼らに餌を与え、しだいに生気を取り戻していった。動物の世話などの難問は立ちはだかったが、ひとつの道筋が見えた。スタッフは自分たちの子どもを施設に呼び、保育園が併設され、入所者は子どもたちと触れ合うことができるようになった。
このような試みは、日本でも生かせるのではないだろうか。老いていく人間たちが、身体も精神も崩れるなかで、最後まで生命の息吹に触れつつ生を閉じていく、そういう場所がもっとあってほしいと本書を読んで感じた。
(哲学者 森岡 正博)
[日本経済新聞朝刊2016年8月14日付]
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