世の停滞感、くるくる回す 現代美術で初の大規模個展
漫画家・しりあがり寿さん
ゆるいタッチの絵とギャグで社会を風刺する漫画家のしりあがり寿は、15年ほど前から「現代美術家」の顔も持つ。くるくる回る作品が並ぶ初の大規模個展「回・転・展」が東京の練馬区立美術館で開催中だ。
薄暗い会場に入ると、赤い照明の下、整列した12個のダルマがゆっくりと回っていた。おじいさんや子どもなど、異なる声を持つダルマのふぞろいな歌がこだまする。「耳を近づけてみて」と作者に促され、1個の傍らに立つと「俺は強いぞ、すごいんだぞー、ヨッホヨッホホ、そりゃいくぞー♪」と軽快な少女の歌声が聞こえた。バカバカしさに思わず脱力してしまう。
「回転体は行進するダルマの夢を視る」と題したインスタレーション。「強がって歌うダルマたちは、徒党を組もうとしてるけど、結局はバラバラ。行き場所がなくて同じ場所を回ってる。今の世の中みたいじゃない?」。改めて眺めると、丸い顔が苦渋に満ち、不安を抱いているようにも見える。「楽観的な未来が描けない。進歩しないで、ただ、くるくるしている感じを出したかった」
27歳で漫画家デビュー。当初はギャグ満載のパロディー作品で「権威を壊して笑っていた」。しかし、次第に「そもそも何が大切なの? ってことを描きたくなった」。生と死を見つめる「弥次喜多 in DEEP」、世界の滅びを描く「方舟」など、深刻なテーマを扱うようになる。
40代半ばに人から勧められ「漫画の延長」で始めた現代美術でも、ユーモアにくるんで世の中への危機感を表現する。巨大な墨絵や、オヤジが奇妙な動きをするアニメーション作品などのほか、5年前から手がけるのが「回転」をテーマにしたインスタレーションだ。
「マネキンで対立する2部族を作っていたんだけど、何か足りない。朝風呂中に『回してみよう!』って思いついた」のがきっかけ。回転で「物事が簡単に変質する」ことに面白さを感じ、「とことん回転させてみよう」と制作を続けた。
今展には回る新旧作が約10点並ぶ。「回るヤカン」は、ヤカンの上に電光掲示板を掲げる。「このヤカンは回転している間だけ芸術になります」と表示して流れる白い文字が、ヤカンが回転する間は赤い文字で「芸術」と点滅する。
マルセル・デュシャンはほぼ100年前、男性用小便器を「泉」と題して美術館に展示し、「芸術」や「創作」の意味をアイロニカルに問うた。ひょっとすると、今作はデュシャンへのオマージュか。「そう言えばかっこいいね。でも単純に面白いと思って」と、独特のゆるい返事でかわす。
トイレットペーパー、スリッパ、前方後円墳の模型など、ありとあらゆるものが回るようすが無性におかしい。と同時に、既存の価値観から解き放たれるようなすがすがしさも感じる。
会場の最後に、真っ暗な部屋があった。地面に碁石形の巨大な黒い物体があり、じわじわと回っている。タイトルは「ピリオド」。「この作品が一番、気に入ってるんだよね」。頻発するテロや停滞する経済――。社会は混迷し、行き詰まっている。「でもね、止まっちゃうよりはいい」。そんな思いを込めた。
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震災後のテーマは希望
40代では世界の終末や死生観など、暗いテーマに向き合ってきた。ところが5年前、53歳で経験した東日本大震災を機に、希望を描きたいという新境地に至ったという。
2011年4月に発表した短編漫画「海辺の村」は、50年後、原発がなくなり、電力供給がままならない不便な世界に生きる子どもたちが、背中に翼を持ち、自由に飛び回っている姿を描く。「子どもはきっと新しい未来に対応すると思って。そこに希望を託した」。これらを収めた「あの日からのマンガ」は文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した。
どんなテーマを扱うにせよギャグを忘れない。理由を尋ねると「物語に没頭していても、笑った瞬間に我に返るから」だという。答えたあとに慌てて「現実を見なさいなんて、偉そうなことをいうつもりはない。読者を混乱させるのが面白いだけ」と照れ隠しした。こんな肩の力の抜けた警告だから、たくさんの人の心に響くのだ。
(文化部 佐々木宇蘭)
[日本経済新聞夕刊2016年8月3日付]
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