内館牧子著「終わった人」 定年後の男心を丸裸に
定年を迎えた男性が新たな生きがいを求めて奮闘する「終わった人」が、売り上げを伸ばしている。昨年9月の刊行からじわじわと人気を集め、発行部数は12刷10万部に達した。世間から見向きもされなくなったむなしさや、心の奥底にくすぶる野心が生々しく描かれ、男性だけでなく女性からも支持されている。
主人公は盛岡市出身で、東大法学部卒、大手銀行勤務のエリートだ。順調に出世を続け、役員就任も目前というところで、同期との出世競争に敗れてしまう。子会社に転籍させられ、63歳で専務として会社人生を終えたところから、物語が始まる。
エリート意識が強く、気力も体力もある自分が「終わった人」だと受け入れられない。気を取り直して妻を旅行に誘うが相手にされず、大学院受験を思いついても、のめりこめない。仕事の第一線で活躍することへの未練が断ち切れず、あがき続ける。
著者はテレビドラマを中心に活躍する脚本家。20年以上前から定年をテーマにした小説を構想していたという。過去にも渡辺淳一「孤舟」や重松清「定年ゴジラ」などがあるが、「主人公を甘えさせない。女性著者ならではのドライさが魅力」と編集を担当した講談社の小林龍之氏。主人公に次々と困難が降りかかり、飽きさせない。企画段階で「強烈なタイトルを聞き、これは売れると思った」と語る。
初刷りは1万部で静かな滑り出しだったが、風向きが変わったのは昨年11月。岩手県の有名書店、さわや書店が選ぶ「年間おすすめ本ランキング2016」の1位に選ばれてからだ。「男の虚栄心、野心、下心が丸裸にされていて、40代の私もドキッとした」と竹内敦・本店店長。「覚悟して読んで下さい」と店頭販促(POP)に書き、大々的に売り出した。これを契機に出版社も改めて販促に力を入れ、東北のほか、サラリーマンの多い東京都心の書店で売り上げが伸びていった。
深刻な状況に陥っていく主人公だが、最後には救いもある。読者は60代以上の男性が中心で、リアルで身につまされる、勇気づけられたなどの感想が多い。最近は、働く女性や、主人公の妻に共感する女性、主人公の子ども世代にも読者が広がっている。
(宇)
[日本経済新聞夕刊2016年7月27日付]
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