エンタメ!

ブック、おススメの1冊

自由の思想史 猪木武徳著 変わる価値と重み 縦横無尽に

2016/7/24付 日本経済新聞 朝刊

「自由」は、私たちにとって、かけがえのない価値である。しかし、たとえば「平等」とはただちには両立しがたいなど、自由の概念は考えはじめるとなかなかに複雑である。長らく経済学を専攻してきた著者は、自由を「鬼火」や「逃げ水」のように「不確かなもの」といい、あらためて自由を考察する。

(新潮社・1300円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

その書きっぷりは、自由自在である。冒頭、1970年代の著者自身のスペイン旅行の回想からはじまり、すでに1930年代からフランコ政権の独裁体制にあった「自由の犠牲」の状況に接近していく。また、自由の歴史を知るために、古代ギリシアのポリスに言及し、精神とともに「制度としての自由」を希求していたことを記す。そして、これらの主題を展開するなか、ジョージ・オーウェルの評論やチャップリンの映画、アイザイア・バーリンの理論的考察、あるいは、アレクシス・トクヴィルの議論が紹介されるなど、論は縦横に展開される。

大きくは、教育(教える自由・学ぶ自由)や宗教(信仰の自由)、言論・表現、そして著者の専門とする経済活動における自由が論じられる。すなわち人間精神の「自由」、そして政治経済体制としての「自由」が考察されるが、本書では、中世ヨーロッパの教会から宗教改革、また、株式会社、賭博、あるいはヘイト・スピーチから自殺論にいたるまで、さまざまな事例があげられる。登場する人物もまた、アダム・スミスからシェイクスピアまで、学者から小説家にまで及ぶ。孔子や孟子にも言及し、世界の思想史を自由の観点から論じなおすエッセーと言うべきものとなっている。

近代日本の事例では、福沢諭吉が要所に登場する。実際、「自由」の語を、現在の意味で用いたはじめが福沢であるとも言われてきている。とともに、かつて日本中世史家・網野善彦が、日本の自由と平和を、無縁や公界(くがい)として見出(みいだ)そうとしていたことが思い浮かぶ。自由の概念は、多様に多地域に存在していたといえよう。

自由の価値と重みは時代状況によってかわる、ということが著者の主張のひとつである。このとき、「実利と無縁なものの中で自己を表現する自由」が失われたのではないかという、著者の言は重要な指針であろう。随所で、人文学を軽視する現在の知の状況を憂えており、いままた自由の概念が変わりつつある、という認識がこの著作の背後にうかがわれる。本書は、「市場とデモクラシーは擁護できるか」という副題をもつが、なんとも意味深長である。

(日本女子大学教授 成田 龍一)

[日本経済新聞朝刊2016年7月24日付]

自由の思想史: 市場とデモクラシーは擁護できるか (新潮選書)

著者 : 猪木 武徳
出版 : 新潮社
価格 : 1,404円 (税込み)

エンタメ! 新着記事

ALL CHANNEL