臨床研究スマホが変える 大学、生活習慣病など分析
個人の参加手軽に 膨大データ収集
料理撮って送信
「パシャッ」。神奈川県厚木市の会社員、芳賀恒之(52)さんはレストランでiPhone(アイフォーン)を取り出し、目の前に並んだ料理を撮影した。6月から食事のたびに写真を撮るのが日課だ。アプリ「グルコノート」で料理全体の画像から1品ずつ指定し、検索機能で該当するメニューを選ぶとカロリーが自動的に表示される。
芳賀さんが参加しているのは、東京大学が糖尿病とその予備群を対象に3月に始めた臨床研究。アイフォーンでアプリを無料でダウンロードし、同意書にサインすれば参加できる。毎日、体重や血圧、血糖値(任意)を測定して入力。歩数や食事の記録と一緒に送る仕組みだ。
治療ではなく研究が目的のため、診断はしない。だが記録した内容は評価され、例えば食事では「食物繊維が目標値に達していない」などとコメントが表示される。自己管理に役立てることができる。
2007年に糖尿病と診断された芳賀さんは体重と歩数、睡眠時間は記録したことはあったが、「料理まで記録するのは初めて」。日々の食事内容を見ながら「『今日は少し量を減らそう』などとフィードバックできるのが利点」と話す。
研究にはこれまでに600人弱が参加した。研究責任者の東大の脇嘉代特任准教授は「開業医にかかっている人も含め幅広いデータ収集が可能で、糖尿病の進行と日常生活の関係をより詳しく調べることができる」と期待を寄せる。アプリを使った食生活や運動に対する指示が血糖値のコントロールに結びつくといった実績が積み上がれば、医療機器としての承認も目指すという。
臨床研究は病院に通院している患者らに頼んで参加してもらうのが一般的で、参加者は限られた。ただアプリを使えば地域を選ばず参加を呼び掛けられる。参加者も病院に足を運ぶことなく、仕事の合間や自宅にいるときなどに情報を送ることが可能。アプリが臨床研究の姿を変えつつある。
昨年11月、不整脈や脳梗塞の早期発見を目的に、国内で初めてアプリを使った臨床研究を始めた慶応大学。グループの木村雄弘特任助教は「従来は100人にアンケートするだけでも大変だったが、今回はすでに参加者が1万人を超えた。情報収集に関しては革命的だ」と驚く。
活用するアプリは「ハート・アンド・ブレイン」。参加者は不整脈や脳梗塞にからむ質問や、喫煙、息切れなどの有無について答える。さらにアイフォーンを左右の手のひらそれぞれに載せて目を閉じ、水平状態からの傾きなども測って送信。普段、診察室で行う運動評価検査さながらだ。
まだデータ収集の段階で、詳細な分析や役立ててもらうための情報提供はこれから。木村特任助教は「成果を参加者に還元する方法を考えなければ」と話す。
脈のゆらぎ管理
脈と脈の間隔のばらつき(脈のゆらぎ)を自分で管理・記録できるアプリも登場した。不整脈と生活習慣の関係を調べるため東京大学の藤生克仁特任助教が開発した「ハーティリー」。4月半ばに臨床研究を始め、5000人が参加した。
1日1回、1分ほどスマホに指を当てて脈拍を記録、1~2週間ごとに動悸(どうき)の有無の質問に答える。脈拍の情報とスマホに記録される運動量などを組み合わせて解析する。
脈のゆらぎが大きいと、不整脈の一つで心臓の心房という部分が小刻みに動く心房細動の可能性がある。心房細動は脳梗塞の原因の3割を占めるという。藤生特任助教は「不整脈はいつ出るか分からず、症状があまり出ないケースもある。健康診断の心電図だけでは見つけるのは難しく、日々のチェックが必要だ」と指摘する。
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アップルの公開ソフト活用 データの信頼性課題
臨床研究を始めるには、大学などそれぞれの倫理委員会の承認を得て、参加者からは「インフォームドコンセント」と呼ばれる同意書を取る必要がある。スマホのアプリを使った臨床研究では、アップルが公開した「リサーチキット」という仕組みが使われる。
参加者のデータは個人情報なので、匿名化して研究者のもとに送られる。病院などの場で本人からデータを集める通常の臨床研究と違い、アプリでは別の人が情報を提供しても見抜くのは難しい。データの客観性や信頼性をどう確保するか。スマホ内蔵のセンサーで測定されたデータの精度も含めて課題はある。
アプリを使った臨床研究は2年ほど前に米国で始まり、日本は昨年11月にスタートしたばかり。手探りの状態だが、日米英など30大学弱がアプリを開発し、研究に乗り出している。パーキンソン病や自閉症、ぜんそく、C型肝炎、慢性閉塞性肺疾患(COPD)など研究対象は多岐にわたる。
(西山彰彦)
[日本経済新聞朝刊2016年7月24日付]
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