廃虚が想像力の原点 大型彫刻で未来を形に
現代美術家、ヤノベケンジさん
7月上旬、香川県の高松市美術館の展示室。線路が敷かれた細いトンネルを抜けると、特撮映画のセットさながらの情景が現れた。
ヤノベケンジの個展「CINEMATIZE シネマタイズ」の開幕を約1週間後に控え、作品の設営が急ピッチで進む。「映画化」を意味するタイトル通り、第1部は「ドキュメンタリー」の設定で初期作から近作を展示。第2部にあたるこの展示室には大型彫刻が設置され、部屋全体をセットとして映画監督の林海象が劇映画「BOLT」(永瀬正敏主演)を会期中に公開撮影する趣向だ。
大地震に見舞われ、事故を起こした原発で復旧作業に取り組む男たちが主人公。東日本大震災直後から構想をあたためてきた林に「美術をやれるのはヤノベさんしかいない」と頼まれた。同館での個展が決まっていたヤノベは展示そのものを「映画」にするアイデアを思いつく。
水をためられる浅いプールを作り、放電装置を仕込んだ巨大な球体の作品「ウルトラ―黒い太陽」を設置。ビリビリ放電しながら水を吐き出すさまを、冷却水が漏れ出した原子力発電所に見立てた。
「映画って本編よりも予告編の方がおもしろかったりすることがある。それは見ている人が、どんな結末になるんだろう、こんな話だったら楽しいなと想像をふくらませるから。美術作品もそんな風に観賞してもらうのが理想だと思う」とヤノベ。映画の撮影を見学したり、予告編やセットなどを眺めたりしながら「観客一人ひとりの物語をつむいでほしい」と話す。
1970年の大阪万博の跡地を遊び場として育ったヤノベにとって「想像力」は創作における重要なキーワードだ。パビリオンが取り壊され、祭りが終わった後の廃虚。ところが、そんな光景を見て不思議と勇気がわいたという。「終わりは始まり。これからは何を作ってもいいんだ、と廃虚が僕のイマジネーションの原点になった」
「スター・ウォーズ」をはじめとするSFや特撮映画に親しんだ「サブカルチャー世代」。美大時代にヒト型の瞑想(めいそう)カプセル「タンキング・マシーン」を発表。放射線測定器をつけた防護服など「サバイバル」をテーマに活動してきた。
だが、やがて「警告のために作ってきたものが現実味をおびた」。95年の阪神大震災、地下鉄サリン事件だった。その後、50年代に被曝した「第五福竜丸」を題材に船を作り、元発電所の美術館で天井の水がめから5トンの水を放出するパフォーマンスを披露。直後に東日本大震災と原子力発電所の事故が起きると、作品は「予言」ともいわれた。
本人はその評に否定的だ。「予言の能力なんて僕にはない。彫刻家ができることは未来を想像し、それを人と共有していける作品を作ることだけ」
震災後、防護服のヘルメットを脱いで立ち上がる子供の像「サン・チャイルド」を制作した。「恥ずかしいくらいポジティブ」な「リバイバル(再生)」への思いがそこには込められている。「美術は古来、人の気持ちをまとめたり、心を寄せたりする信仰の対象のような存在だったと改めて感じています」
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重層的な物語性が魅力
自然放射線を検知すると動き出す高さ3メートルのロボット「ビバ・リバ・プロジェクト―スタンダ」。つかまり立ちする息子に着想したという。幼児体形の人形がよいしょっと立ち上がる姿がユーモラスだ。我が子の成長を思い出す人も、人類の進化の歴史に想像を巡らす人もいるだろう。所蔵先の金沢21世紀美術館キュレーターの鷲田めるろ氏は「見る人が自分の体験を重ね合わせられる重層的な物語性がヤノベ作品の魅力」と話す。
「できるだけたくさんの人に作品を届ける」ためビートたけしら異業種の才能とタッグを組み、大阪の道頓堀に火を吹くドラゴン船を浮かべ、皆をあっと驚かせたりもする。希望のモニュメントである「サン・チャイルド」は「だれもが大事にしたいと思える造形」を考えに考え抜いた。
「想像しうるものはなんでも実現できる」。ディレクターを務める工房「ウルトラファクトリー」がかかげるモットーは、ヤノベ自身の揺るぎない信念でもある。
(編集委員 窪田直子)
[日本経済新聞夕刊2016年7月20日付]
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