世界の不思議な音 トレヴァー・コックス著測定器を手に地下や砂丘歩く

100パーセント、音の本だ。著者は建築音響学者で、劇場や教室など室内の音が知覚に与える影響を調査してきた。

(田沢恭子訳、白揚社・2600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

ある日、ラジオ番組で下水道に潜り、不思議な音を聞いた。声がらせん状に進んでいく。悪臭を放つ鍾乳石の複雑な形が作り出す珠玉の音だった。ふだん耳障りな音を取り除くことに専念して、音そのものはよく聞いていなかったのではないか。そう気づいた著者は音響測定器を携えて音の探索を開始した。

残響のギネス記録をもつハミルトン霊廟(れいびょう)の礼拝室は声がくぐもって礼拝どころではなかった。石油貯蔵施設の貯油槽は全方向から音が降り注ぐ巨大な楽器だった。古代遺跡ウェイランズ・スミシーでは石室を這(は)い回りながら歌をうたった。祖先が遺跡をどんなふうに使っていたか知るためだ。

比較的研究が進んでいる動物の声については、専門家を質問攻めにした。なかでも驚くのはコウモリの声だ。彼らは人間の可聴域を超えた高音を発して植物からの反射音を聞きわける。熱帯雨林にはコウモリがどの角度にいても音が変化しない半球形の葉をもつ植物があり、彼らに花粉を運んでもらうという。

私たちに身近なのは都会の騒音だが、では無音が快適かというとそうではない。反響のない無響室は心臓や頭の中の音ばかり聞こえて居心地が悪い。針葉樹の森は生息する生物が限られていて静かではあるが、安らかな気持ちには程遠い。鳥の声や小川のせせらぎ、時には人の話し声が恋しくなる。音と情緒の関係は単純ではないのだ。

本書は音の博物館だ。どのページを開いても音がする。音楽家に演奏する気を失わせるコンサートホールや秘密がだだ漏れする教会の告解室など、当事者には深刻だが思わず噴き出してしまうエピソードも満載だ。大体、大の大人が鉄橋の下や貯水槽の中で手を叩(たた)いたり風船を割ったりして音を計測している姿を想像するだけで楽しくなる。カリフォルニアの砂丘を滑降しながら砂の歌声を聞いた時は、「うなり音が鼓膜を動かし、なだれが下半身を揺さぶり、自分が砂丘を歌わせたという感動で全身が震えていた」だなんて、私も滑ってみたいではないか。

世の中には聴かれることを待っている音がたくさんあり、すばらしい音が無関心によって失われるのは惜しい。そんな著者の願いがまっすぐに伝わってくる。読み終えた時、私の音世界は一変した。誰も知らない日本の音を探しに行こうか。

(ノンフィクション作家 最相 葉月)

[日本経済新聞朝刊2016年7月17日付]

世界の不思議な音-奇妙な音の謎を科学で解き明かす

著者 : トレヴァー・コックス
出版 : 白揚社
価格 : 2,808円 (税込み)