テロルの伝説 陣野俊史著小説技法にも鋭い視線向ける

不思議な本だ。450ページを超えるこの大著は、ひとまず桐山襲(かさね)という作家の評伝と言える。

(河出書房新社・2900円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

1949年に東京に生まれ、92年に42歳で夭逝(ようせい)したこの作家の名は、ある年齢より上の読者には、『パルチザン伝説』という小説と、それが引き起こした〈事件〉と結びついて記憶されているかもしれない。

82年、新人文学賞の最終候補となったこの小説は、雑誌掲載されると、天皇制打倒を目指すパルチザンを描くという内容ゆえに、右翼からの圧力を受け、単行本化が中止される……。

キャリアの初めからこのようなインパクトのある作品を世に問うた桐山襲とはいったいいかなる作家だったのか? このデビュー作を手始めに、桐山が残した8冊の小説すべてを、著者陣野俊史は刊行順にひとつひとつ丹念に読み解いていく。

陣野は各作品の背景にあるとおぼしき歴史的文脈を明らかにする。たとえば、『パルチザン伝説』にうかがえる、72年の「浅間山荘事件」や、74年に起こった爆弾テロ「三菱重工爆破事件」の残響。あるいは、他の作品を貫く、彼の世代、すなわち「全共闘世代」を徴(しるし)づける数々の暴力的な事件の記憶。桐山の小説はつねに政治的である。

だが、熟達の文芸批評家である陣野は、それぞれの作品が〈いかに書かれているか〉という小説技法の細部にも鋭い視線を注がずにはいられない。それゆえ、作品を紹介しつつ、伝記的事実と照らし合わせながら、作家の〈人生〉の全体像を描き出す、評伝ジャンルの〈定型〉からは明らかに逸脱する、〈異形〉とでも形容すべき迫力が本書にはみなぎっている。

巻末には桐山襲の年譜はついていないし、作家を映した写真も本文の最後に1枚あるのみ。そしてその直後に、生前は単行本未収録だった短篇(たんぺん)「プレセンテ」が収録されている! つまり作家の〈書き残したもの〉に禁欲的なほど密着し、作品の総体から〈作家=桐山襲〉のもつ可能性の地平を測量することに陣野はこだわる。

そこから浮かび上がるのは、若い頃から沖縄の風土と歴史に深い愛情と関心を抱き、さらには日本の民俗学の父柳田国男を驚嘆させた知の巨人南方熊楠に共鳴しつつ、国家の一元的な歴史と文化に、多様性を対置しようとした桐山襲の、〈世界文学的〉と呼びたくなるようなスケールの大きな文学的風景なのだ。

起伏に富み、歩くのは大変そうな風景だ。だが本書という魅力的なガイドを得たいま、どうして足を踏み出さずにいられるだろうか。

(作家 小野 正嗣)

[日本経済新聞朝刊2016年7月17日付]

テロルの伝説:桐山襲烈伝

著者 : 陣野 俊史
出版 : 河出書房新社
価格 : 3,132円 (税込み)