試練と挑戦の戦後金融経済史 鈴木淑夫著困難に向き合い続けた政策たどる

長年にわたって金融政策に深く携わってきた著者が、戦後の復興期から現在に至るまでの経済政策のあり方を、その歴史をたどりながら論じた力作である。戦後金融経済史の主要テーマが満載で、内容はきわめて濃い。物価の安定と経済発展という時には矛盾する目標を達成するため、失敗と成功を繰り返しながら、日銀は試練をいかに乗り越えてきたのか。著者の実体験やエピソードをもとに、リアルに描かれている。

(岩波書店・2900円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

かつて「強い国・日本」と呼ばれ、目覚ましい成長が世界から羨望のまなざしで見られていた時代でも、金融政策は決して順風満帆に行われてきたわけではなかった。当事者は試行錯誤を繰り返しながら困難を克服し、挑戦を続けてきた。当時の金融システムが今日とは大きく異なっていたとはいえ、その時々の教訓は現在の金融政策を考えるうえで依然、有益である。

バブルの崩壊を経て、日本経済は大きな挫折を経験した。1990年代末には、著者が「平成金融恐慌」と呼ぶ金融危機が発生し、市場は大きな混乱に見舞われた。公的資金投入など、不良債権問題の抜本的な解決が遅きに失したことや、金融危機の中で「自己資本比率規制」を適用し、「貸し渋り」や「貸しはがし」を生み出したことなど、当時の政策対応の問題点の数々が指摘される。

その後の「失われた15年」は企業経営を弱気にさせ、賃金と物価の持続的な下落(デフレ)を日本経済にもたらした。98年に施行された新日銀法の下で、新たな試練が始まった。ゼロ金利と量的緩和という、経験のない金融政策への挑戦である。著者は、非伝統的な政策に対して、金融システムを安定させる効果や長期金利を引き下げる効果があったとして、その有用性に一定の評価を与えている。ただ、同時に「異次元」の「量的・質的金融緩和」や「マイナス金利政策」に関しては、その限界や副作用への懸念も呈する。

金融政策の揺れ動きは、インフレやデフレ、バブルや金融危機を招き、われわれの生活を大きく振り回す可能性があり、そのかじ取りはいつの時代も海図なき航海である。インフレもデフレも悪であり、日銀は物価の安定を通じた持続的成長を目指すべきだという著者の主張は拝聴に値する。これからの日本で、生産年齢人口の低下など、趨勢的に潜在成長率を低下させる要因をいかに食い止めればいいのか。本書の最後に著者が未知の領域に突入した日本経済の行く末を案じた声は重い。

(東京大学教授 福田 慎一)

[日本経済新聞朝刊2016年7月17日付]

試練と挑戦の戦後金融経済史

著者 : 鈴木 淑夫
出版 : 岩波書店
価格 : 3,132円 (税込み)