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中国時代劇ファンタジー 手触りの世界観描く 映画美術監督・種田陽平さん

2016/7/13付 日本経済新聞 夕刊

「キル・ビルvol.1」で死闘を繰り広げた日本料理店、「THE 有頂天ホテル」の重厚感ある豪華ホテル、スタジオジブリのアニメーション「思い出のマーニー」の謎めいた洋館。時を経ても鮮やかに記憶がよみがえる。建物や街並み、装飾や小道具。虚構の中に確かな手触りの美術を施し、映画の世界を豊かに膨らませる。国内外の映画人の信頼厚い美術監督だ。

挑戦しがいのある映画に奮い立つ。中国映画「モンスター・ハント」(8月6日公開)の美術監督を引き受けたのは、「今までの中国にないファンタジー映画を目指す」という著名プロデューサー、ビル・コン氏に触発されたからだ。

「西遊記のような古典ではなく、中国版『ロード・オブ・ザ・リング』のようなものをやりたいと。例えば唐の時代を忠実に再現する人材は中国にいるはず。そうではない映画なら僕に出番がある」。監督は香港出身で、ドリームワークス作品など米アニメ界で30年にわたり経験を積んだラマン・ホイ。その技術を中国に持ち帰り、実写に3Dアニメを取り入れる、という試みにも刺激された。

「モンスター・ハント」の舞台は妖怪と人間が一緒に暮らす世界。男でありながら妖怪の王の子、フーバを出産した若者、天蔭(テンイン)が、女妖怪ハンターの小嵐(ショウラン)を伴い、フーバを狙う追っ手をかわしながら旅をする。笑いとアクションを交えた時代劇ファンタジーだ。

妖怪が人間に化けて暮らす小さな村の家々は、中国風とはひと味違う。丸い屋根で、椅子も机も丸みを帯びた素朴な木製。「妖怪たちは自然のままのオーガニックな暮らしをしているという設定で、人間界の直線的な構造を排し、自然木の曲線を生かした。『ゲゲゲの鬼太郎』の妖怪たちが中国にいたらこんな感じかなぁと想像して作った」

一方、天蔭らが訪れる屋敷、登仙楼は西洋文化を大胆に取り込んだ。「西洋の怪物をかたどったガーゴイルや、あえてハンガリーのドラゴンの意匠を取り入れた」という。

「映画の世界観を伝え、観客をわくわくさせるのが映画美術」と語る。見る者を別世界へ連れ去る。その独自性を最大限に引き出すのは「子どもの心を持った監督との仕事」と実感している。「ラマンも(「キル・ビル」の)クエンティン・タランティーノも面白い提案には、おもちゃを与えた子どものように喜ぶ。大変だが、やりがいがある」

大学時代に寺山修司が監督した映画にかかわり、映画美術の道へ。「当時、日本映画は冬の時代。『スピルバーグの映画しか見ないよ』とバカにされながら『なにくそ』とやってきた」と振り返る。「面白い日本映画があると世界に見せつけてやる」と意気込み、「スワロウテイル」(岩井俊二監督、1996年公開)で作り上げた無国籍な架空都市で注目された。

最近は後に続く若者も増えた。だが「映画美術のクオリティーは、映画が量産されていた50年代がピーク」と見る。「今は僕らが若いころのような勢いだけではヒットしない。『映画の面白さとは何か』を見つめ直さないと、映画美術はCGなどの技術の後追いになる。学園祭のような集団のものづくりを映画の面白さにどうつなげていくか。それが重要だ」と語る。

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■紙と鉛筆でどこへでも

「紙と鉛筆が好きで」と言いながらさらさらとデザイン画を描く。最終的にはコンピューターを使うが、映画美術のアイデアの最初は紙と鉛筆で生み出される。東京・世田谷区にある映画会社のスタジオの一角を借りたアトリエや自宅、外国作品であれば現地のアトリエで鉛筆を走らせる。

「留学経験もないし、外国語が流ちょうなバイリンガルでもない。それだからこそ中国でも欧米でも場所に関係なく、呼ばれたら現地に行って仕事をし、仲良くなって帰ってくる」。だが近年、日本人として複雑な思いもあるという。「米国の映画会社がどんどん中国に進出し、北京でよくハリウッドの映画人に出くわす。逆にハリウッドに行くと『中国の企画があるがやらないか』と声がかかる。日本の映画界がもっとそれらに絡んでいくことはできないのか。自分も含めがんばらなければ」

(文化部 関原のり子)

[日本経済新聞夕刊2016年7月13日付]

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