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日本の貿易収支が黒字になったと思ったら、また赤字に逆戻りしたらしいわね。昔はずっと黒字だったような気がするけど、何が起きているのかな。

貿易収支について羽野礼子さん(49)と酒井麻由美さん(34)が清水功哉編集委員の話を聞いた。

そもそも貿易収支って何ですか。

「日本と海外とのお金のやり取りを示す主要な統計の一つで、モノの輸出額と輸入額の差を示します。輸出額の方が大きければ収支は黒字、輸入額の方が大きければ赤字です。先月発表された5月の貿易収支(通関ベース)は4カ月ぶりの赤字でした(赤字額は約400億円)。世界経済が減速し円高も進んだことで輸出が振るわなかったのです。一般的に円高が進むと、円建ての輸出額が減ったり価格競争力の低下で輸出数量が増えにくくなったりするため、輸出が細ります。5月の輸出額は前年同月に比べ約11%減って5兆918億円となり、輸入額(5兆1323億円)を下回りました」

経常収支という言葉も聞きます。

「貿易収支以外も含め、より幅広く海外とのお金のやりとりをとらえたものです。海外旅行客が使うお金などサービス分野の収支(サービス収支)も入るほか、第1次所得収支なども含まれます。第1次所得収支は、企業が海外子会社から受け取る配当や、投資家が海外の債券から受け取る利子などを集計したものです」

日本は長い間貿易黒字を稼いできたという印象が強いですが。

「確かに日本の毎年の貿易収支は2010年まで黒字が続いていました。1980年代~90年代前半には日本の貿易黒字が年間10兆円を上回るような水準に膨らみ、自動車など様々な分野で『貿易摩擦』も生じました」

「ところが2011年に貿易収支は31年ぶりの赤字になりました。主因は同年3月に起きた東日本大震災です。福島第1原子力発電所の事故によって原発の運転がストップし、火力発電を増やすことで補わなければならなくなりました。原油や液化天然ガス(LNG)の輸入が大幅に増えて、貿易収支が赤字基調になりました」

「その後、12年に民主党から政権を奪回した安倍晋三首相は『大胆な金融政策』などの『アベノミクス』を掲げ、翌年日銀総裁に就任した黒田東彦氏が思い切った金融緩和に踏み切り、円安が進みました。14年夏場以降、原油価格も大きく下がりました。そうした効果が貿易収支に徐々に出てきて、今年2月からは3カ月連続の黒字でした」

今後の貿易収支は?

「円相場や原油相場に左右されるため確たることは言いにくいですね。ただ再び貿易黒字に戻っても、かつてのように巨額の黒字を稼ぐ可能性は小さそうです。日本の輸出を取り巻く状況が昔とは大きく変わっている点が理由の一つです」

「08年の世界的な金融危機の後の急激な円高などを背景に、日本の製造業は円高でも利益を出せるように海外での現地生産を増やしました。国内の労働人口も減少傾向にあります。円安になっても輸出が大幅には拡大しにくくなっています。現在は新興国を中心に世界経済全体も停滞して、日本が得意とする設備投資関連の輸出が増えにくい環境です。原油価格も再び上昇し始めており、輸入額が膨らむかもしれません」

輸出が増えにくいと、日本経済にはどんな影響がありますか。

「これまでの日本経済は、景気後退から景気回復へ向かうとき、まず輸出の拡大により国内生産と雇用が増え、働く人の所得が増加することで消費も刺激される、というパターンをたどることが多かったのです。今後はたとえ円安になっても、日本経済への好影響は限定的になるかもしれません」

日本が輸出以外で稼ぐ道はないのですか。

「日本企業の海外進出が加速し、海外投資から得る利益が増えたことで第1次所得収支は増加傾向にあります。訪日観光客が増えて日本でお金をたくさん使うことでサービス収支の赤字も縮小基調です。貿易収支(通関ベース)が赤字になっても、経常収支は15年度に約18兆円規模の黒字を確保しています。経済が成熟していくに従って、モノの輸出よりも投資やサービスで稼ぐお金が増えていくのは自然な姿でしょう」

ちょっとウンチク


「数」増えればプラス効果大
 日本の景気を左右する輸出。その変化は金額でとらえることが多いが、数量の議論も重要だ。いくら輸出額が増えても、円安による円建ての売り上げ増加の結果だとすると輸出数量は膨らんでいないことを意味する。となると国内の生産や雇用の拡大効果は限定的になってしまうのだ。
 実は、最近の日本の輸出動向を見ても、金額の増加ほどには数量が増えていない。例えば2014年、15年の輸出額の前年比増加率はそれぞれ4.8%と3.4%だったが、物価指数で割り引いた「数量」を示す実質輸出(日銀算出)の伸びは1.7%と2.7%にとどまった。背景には、日本の輸出企業が、円安にもかかわらず現地通貨建て販売価格を引き下げて価格競争力を上げる対応をあまりしなかったことなどがあると指摘される。
 もちろん輸出額が増えれば普通は輸出企業の利益が膨らむし、株価上昇などの好影響も出る。ただ輸出数量の伸びも伴えば、生産や雇用の拡大を通じて経済へのプラス効果がより広く出やすい。
(編集委員 清水功哉)

今回のニッキィ


羽野 礼子さん ゴルフ場勤務。最近、美術館や博物館、科学館などに通い詰めている。「様々な物事を色々な角度や視点から見ることができ、視野が広がります」
酒井 麻由美さん メーカー勤務。昨秋から家族と一緒に山登りをするようになり、魅力にとりつかれた。「日本百名山の制覇を目指して、すでに10山に登りました」
[日本経済新聞夕刊2016年7月4日付]

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