歴史資料の有効活用担う 「アーキビスト」育成急務
公文書の収集・保管 国際的に遅れ
歴史資料のより有効な活用に向けた取り組みが活発になりつつある。国立公文書館(東京・千代田)は資料の収集・保管を担う人材「アーキビスト」の職務基準の策定に動き始めた。電子アーカイブの分野ではデータの標準化を目指し、大学など関係機関が連携を模索する。公文書管理法の施行から5年。国際的に脆弱といわれる管理体制の改善は待ったなしだ。
「アーキビストとは、高度な専門性と倫理観をもって、歴史資料として重要な公文書及びその他の歴史資料の収集、保存、利用の職務を行う」――。
国立公文書館が今年3月に作成した「日本におけるアーキビストの職務基準」の試案の一節。アーキビストの業務と資質を定める「国内初の基準」(加藤丈夫館長)だ。7月末まで関係機関から意見を募った上で、年度内にも正式決定する。
資格確立も視野
「そもそも日本には『アーキビスト』という職業の定義がない」と加藤館長。試案ではアーキビストの職務を資料の(1)収集(2)保存(3)利用――に分け、たとえば「保存」なら修復対象資料の選定や目録の作成・管理など仕事の内容を具体的に列挙。大学院の修士課程修了と同等以上の知識を求めることも明記した。
国立公文書館は同基準にのっとった教育・研修体制を整え、将来は国家資格に準ずる資格制度の確立を目指す。加藤館長は「早期に300人程度のアーキビストを育成したい」と意気込む。
同館がアーキビストの育成を急ぐのは、日本の公文書管理体制が国際的に大きく遅れているという危機感が強いためだ。
6月中旬、米マサチューセッツ州の公文書館を視察した学習院大学の保坂裕興教授(アーカイブズ学)は目を見張った。畳1畳ほどの広々とした机に建築研究家が大きな図面を広げ、傍らに控えた専門職員が必要に応じて作業を手伝っていた。
米国では市民が公文書を活用するのは当然の権利との意識が根付いている。職員がつきっきりで補助する充実ぶりに、保坂教授は「日本の管理体制は下手すれば100~200年は遅れている」とため息が出たという。
たとえば公文書の所蔵量を左右する書架の棚。内閣府の資料によると、国立公文書館の棚の長さを比べた場合、日本は本館(東京・千代田)とつくば分館(茨城県つくば市)の合計で約72キロメートルと米国の20分の1で、韓国に比べても半分以下だ。
職員数も大きく見劣りする。日本は専門知識を持つ非常勤職員を含めて66人(2016年3月時点)だが、米国は2720人、韓国は340人。
所蔵スペースは19年度にも足りなくなる見通しで、国は建設を予定する新館の詳細を17年度にも取りまとめる。今後求められる人材について保坂教授は「アーキビストは文書の収集・保管だけでなく、必要な書類が適切に作成されているかチェックする役割も重要」と指摘。行政や法律にも精通する必要があると主張する。
電子化への対応も重みを増す。国立公文書館は保有する公文書のうち、電子化した文書の割合を現在の1割強から3割程度まで増やす考え。人手と費用のかかる作業だ。
電子対応へ連携
そんな中、公文書を含む電子アーカイブの拡充を目指して関係機関が連携する動きも出始めた。
「検索のためにどのようなデータをつけるか標準化が必要だ」「一度作ったシステムに、柔軟に最新の技術を取り入れるにはどうしたらよいか」
6月22日に東京大学で開かれた「デジタルアーカイブ研究機関連絡会(仮称)」の初回会議。関係機関の担当者がそれぞれの取り組みを持ち寄り、課題を議論した。
岐阜女子大学の井上透デジタルアーカイブ研究所長は、国立科学博物館であらゆる生物に関する国際的な電子データベース作りに関わった経験を披露。乱獲を防ぐため「希少生物については生息地を緯度までしか記録しない」など分類データを付ける上で必要な配慮を示し、「そうしたことを考えられる人材が必要になる」と訴えた。
会議を主催した東大の柳与志夫特任教授は「関係機関がノウハウを共有し、国や産業界も巻き込んで持続的な仕組みを作る必要がある」と話す。
(文化部 岩本文枝)
[日本経済新聞朝刊2016年7月2日付]
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