義手、指まで思うまま センサーで動作信号を感知
「合う義肢」に最適な部品、利用者情報を蓄積
「自分の手を動かしているみたいだ」。6月14日、札幌市の北海道科学大学。男性公務員(29)が右手に装着した義手の指を広げ、ブロックをつかんだ。滑らかで感覚的な動きに驚く。
開発したのは電気通信大学発のベンチャー企業「メルティンMMI」(東京・渋谷)。「筋電義手」と呼ばれるタイプで、肘付近に取り付けたセンサーが「握る」「開く」などの動作で発する電気信号を読み取り、5本の指が独立してモーターで動く仕組みだ。信号に基づく義手の動きはセンサーにつながった電子チップに覚え込ませておく。来年の実用化を目指す。
男性は7年前、当時勤めていた職場でケガをして右の前腕や手を失った。これまで外国製の別の筋電義手を使っていたが、親指以外の4本の指は一緒に動き、繊細な作業は難しかった。このほか肩からつり下げて装着し、手がフック状などの「能動義手」もあるが、肩の動きでワイヤを操る必要がある。
義肢の購入には公的な助成制度がある。障害者総合支援法は病気で手足を失った人などが対象で、購入費の1割を負担する。数万円の負担が多いが助成には上限があり、100万円以上の製品もある筋電義手など高額義手の場合は負担が膨らむ。工場などで切断した場合は労働者災害補償保険法の対象で、自己負担はない。両制度を使って毎年、1万人程度が購入している。
大半は病気で切断
かつては事故に伴う利用が多かったが、高齢化に伴い最近は病気が大半だ。例えば糖尿病で動脈硬化が進むと足の血流が悪化し、壊死(えし)して切断せざるをえないことがある。
そうした場合の歩行を支えようと義足も性能が向上。膝関節にはステンレスより軽く、強度が高いチタンを使う。重いと体に負担がかかるためだ。足首より下の足部に炭素繊維強化プラスチックを使い、接地時にたわんで元に戻る力を推進力にするタイプもある。早歩きもできる。
一方で現場には悩みが生じている。開発が進み義肢の部品は2千種を超す。義足なら膝関節や足部を組み合わせ、障害や年齢に合わせオーダーメードで製作する必要がある。国立障害者リハビリテーションセンター(埼玉県所沢市)の中村隆・主任義肢装具士は「どれが最適なのか判断が難しくなった」と打ち明ける。
どのような義肢が製作され、リハビリでどう効果や問題を生んだのかの情報は乏しい。このため同センターは昨年11月、横浜市や千葉市などリハビリセンター4カ所と協力してデータベース構築を始めた。
すでに1千人分の情報を集め、蓄積して最適な義肢を提案できるようにする。中村氏は「高齢者はリハビリに4~6カ月かかる。義肢が合わず長引き、利用をあきらめれば車椅子生活になってしまう」と、「合う義肢」の重要性を訴える。
競技用さらに進化
2020年の東京パラリンピックに向け、義肢はさらに進化しそうだ。東京大学生産技術研究所(東京・目黒)はロンドン・パラリンピックの短距離に出場した高桑早生選手の協力を得て「3Dプリンター」を使って義足を開発中。完成すればこれをベースに、利用者に応じた義足を3Dプリンターで製作できる。
運動時に取り換えて使ってもらう。同研究所の山中俊治教授は「競技者でなくともスポーツを楽しみ、健康づくりに励んでほしい」と話す。東京大会前の実用化が目標だ。
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話す力復活へ 「人工舌」開発
これまでにない人工器具も登場している。岡山大歯学部の皆木省吾教授らは舌がんなどで舌を摘出した患者の口に取り付ける「人工舌」を開発した。昨年9月に同大学病院に「夢の会話プロジェクト外来」を開設。約10人の患者が使用した。
舌は一部を摘出すると、口内の天井部分「口蓋」に接触できなくなる。子音が表現できず、話すのは難しい。皆木教授らは歯科治療で使われる樹脂で人工舌を製作。残った舌の上に乗せてワイヤで奥歯とつなぎ、舌の力で跳ね上げて口蓋に届くようにする。味覚は戻らないが、話す力は取り戻そうという器具だ。
全額自己負担で料金は4万円が基本。歯の状況などで10万円かかる場合もある。皆木教授は「歯科技工士なら作るのは比較的簡単で、他にも利用を広げたい」と話す。
(辻征弥)
[日本経済新聞朝刊2016年7月3日付]
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