バーゲンの不思議な魔力 大混雑の風景、明治から一段上の暮らし、夢見て

7月に入り、百貨店で夏のバーゲンセールが始まった。開店と同時に目当てのセール品に走る人は少なくない。バーゲンはなぜ人を引きつけるのか。歴史をたどると「安い」だけでない、不思議な魔力が浮かんできた。

「残り15分です。当店最安値のタイムセール! 元値5900円以上がなんと最安2500円!」

6月11日、静岡県御殿場市の「御殿場プレミアム・アウトレット」を訪ねると、バーゲンセールの真っ最中。200店以上がアウトレット品の販売を競っていた。ある店は「こちらのバッグに入れたアイテムは、表示価格からさらに20%オフになります」とビニールバッグを配っている。バッグを逃すまいと、思わず私も足早になる。

バーゲンとは掘り出し物のこと。「バーゲンセール」が正確な呼び方だが、バーゲンともセールとも呼ばれる。

現代では夏物なら6月にアウトレット店が前哨戦となるセールを開き、7月初めから百貨店が続く。さらに8月ごろ、アウトレット店の本格的なセールで盛り上がる。明治時代のバーゲンの記録を国立国会図書館に調べに行くと、今よりさらにテンションが高かったことに驚いた。

朝7時から熱狂 西洋への憧れ

時は1908年(明治41年)3月15日。東京の松屋呉服店(現・松屋)が朝7時に開店すると、淑女紳士がドッと3階の売り場へかけ上がっていった。明治の大衆紙「東京二六新聞」を読むと、「日本に前例なきバーゲンデイ」を迎えた人々のどよめきが聞こえてくるようだ。

二六新聞は西洋のバーゲンを日本に持ち込もうと松屋のほか、有力な宝飾・時計店、化粧品店、美術品店と組んだ。同日から3日間、新柄の着物やまだ珍しかった舶来の時計、化粧品、宝飾品などを松屋3階にそろえ、定価より2割ほど安く売り出した。例えば丸帯(定価20円)が16円。教員の初任給が月十数円の時代に、「一級品」(同紙)が集結したと話題になった。

同紙によると静岡などの遠方からも「子々孫々への話柄(わへい=話題の意)なるべし」と押し寄せた。ある女性は定価より5円安い23円50銭の指輪に「買ってくださらなければ自分で買うわ」と連れの男性にすごんだ。あまりの混雑に「20世紀というものは命がけだ」と驚く人もいた。

売るのは西洋列強のようなハイカラな暮らしをかなえる品ばかり。日露戦争に勝ち、勃興する中産階級の人たちは、バーゲンに西洋化の夢と華やぎを求めて走った。ワンランク上の暮らしに近づけると目の色を変えさせる魔力があったと言える。

富裕層の売れ残り 庶民が買う好機

このバーゲン以前の安売りはどんなものか。東京・両国の江戸東京博物館を訪ねた。

訪日外国人や修学旅行の生徒が熱心に、江戸時代の越後屋(現・三越日本橋本店)の模型に見入っている。越後屋は17世紀、それまで取引先に出向いて値段交渉しながら売っていた商慣行を断ち、店に商品を置いて定価で売り始めた。学芸員の田中裕二さんは「この商売の仕方の変化は革新的だった」と言う。販売の合理化で価格が安くなり、裕福な人たちが詰めかけた。

売れ残った商品は見切って安売りした。それでも残った商品は古着屋に売り払った。庶民は新品の絹の衣には手が出なかったが、大売り出しや、古着屋の廉価販売なら買える人がいる。ここでも一段上の商品を手中にしようと人々を走らせる魔力が働いた。

ただ現代のバーゲンは魔力を失いつつあるのではないか。

6月18日、輸入販売会社が都内で開いたバーゲンは閑古鳥が鳴いていた。開場30分前の到着では遅いかなと思ったものの一番乗りに。有名ブランドのTシャツ(税抜き1万7000円)が8900円。これは破格の安売りだ。それでもレジはすいていた。

流通業に詳しいオチマーケティングオフィス(東京・中央)代表の生地雅之さんに聞いた。「今のアパレル業界はモノを作りすぎているんです。ファッション傾向を外すと安くても売れない」と言う。

目の前のセール品は本当に掘り出し物か、それとも流行を外した不良在庫品か。見分けがつかなければ、より豊かなものを手に入れたいという夢はしぼむ。生地さんは「自分の気に入った服が出ているファッション誌で1年前と最新号を見比べ、どんな傾向の服が増えているかチェックするといい」と話す。最新号で目立つ服は来年も着られそうだ。モノあまりの現代社会だからこそ、バーゲンに突撃するには冷静な作戦が求められている。

記者のつぶやき
■店の工夫楽しく すっかりとりこ
 1カ月間、あちこちのセールに走った。紳士服売り場で「特価ワゴン」をあさり、小さいサイズの婦人服セールでは、小柄な女性客の中、大男になった錯覚に戸惑った。痛感したのは客の心をつかもうとする工夫の多様さ、きめ細かさだ。アウトレットモールも各店のセールが個性豊かで楽しかった。今月目指すのは百貨店。もうどうにも止まらない。
(平田浩司)

[日経プラスワン2016年7月2日付]