ネガティブ本、癒やしもたらす 絶望に寄り添う人生論

書店の店頭に並ぶネガティブ本(東京都渋谷区の青山ブックセンター本店)
書店の店頭に並ぶネガティブ本(東京都渋谷区の青山ブックセンター本店)

絶望、モテない、仕事がない……。あえて否定的なメッセージを打ち出した人生論の刊行が相次ぐ。愚痴や弱音を吐きにくい今の世の中では、前向きな言葉より胸に落ちるのだろう。

若者でにぎわう東京・表参道の青山ブックセンター本店。入り口近くで6月初旬から、5月に刊行された頭木弘樹著「絶望読書」(飛鳥新社)のフェアを催している。「恐る恐る手にした」と言う青山学院大の男子学生は「仰々しいタイトルに驚いたが、読んでみると思いの外、共感できる内容でまた驚いた」と話す。

否定的なメッセージをあえて打ち出した、いわゆる「ネガティブ本」のフェアを同店が開くのは初めて。同店の山下優氏は「人間誰しも前向きばかりではいられない。いつか訪れるかもしれない絶望に備えた処方箋として広く知ってほしかった」と狙いを明かす。

「絶望読書」は落ち込んだり生きる気力を失ったりした時に寄り添ってくれる物語を紹介する。文学では太宰治、ドストエフスキーらの作品だ。「絶望名人カフカの人生論」(新潮文庫)などの編訳書をもつ著者らしく、「生きることは、たえずわき道にそれていくことだ」といったカフカの言葉も数多く引用した。

夢抱けぬ若者に

頭木氏は大学生の時、潰瘍性大腸炎を患う。絶えず下血に襲われる大病で、医師からは就職も大学院進学も諦めて親に面倒を見てもらうしかないと言い渡された。その後は入退院を繰り返す日々が続いた。

周囲は回復を祈って前向きな言葉をかけたが、かえって落ち込んだ。「絶望に浸るしか立ち直りのきっかけは訪れない。停滞期に救ってくれたのが絶望の物語。カフカでありドストエフスキーだった」と頭木氏。

「絶望読書」の発行部数は現在6千部で購入者は10代~90代と幅広い。「この本は一緒に落ち込んでくれる友達」(14歳)、「もっと早く出合っていれば人生は変わっていた」(90代)といった読者の声も寄せられた。編集担当の品川亮氏は「絶望を感じている人の命綱になれば」と話す。

「右肩上がりの経済成長は終わり、若者は夢も持てず未来を描けない。今は絶望の時代。心の支えになる本を作りたかった」。3月に刊行された「絶望手帖」(青幻舎)を発案した起業家、家入一真氏は刊行の意図をこう説明する。ニーチェやマルクスら古今東西の偉人の言葉だけでなく、ツイッターやバーでも言葉を募って219編を収録。絶望を受け入れ、乗り越えるための「絶望名言集」との位置づけだ。

本の着想を得たのは2013年。事業で挫折を経験し絶望を感じていた。人生の指針を求めて書店に入っても「元気」「幸福」「運がある」など前向きな本ばかり並ぶ。ネットで「死にたい」とこぼすと、辛辣な批判とともに「自分も同じ」「一人じゃない」など共感や励ましの声も届いた。

「絶望と希望は表裏一体。夢や希望を知るためにも苦悩や挫折の意味を考える本が必要だと思った」と家入氏。自殺防止を支援するNPO関係者の助言を受け、イラストを含め自殺を誘発するような表現は控えた。発行部数は1万部に上り、20~30代の若者を中心に売れているという。

書店の店頭には他にも心理学者、榎本博明氏の「ネガティブ思考力」(幻冬舎)、ひすいこたろう氏、柴田エリー氏の共著「絶望は神さまからの贈りもの」(SBクリエイティブ)などが並ぶ。自虐的なぼやきで一世を風靡したタレント、ヒロシ氏は日めくりカレンダー「まいにち、ネガティブ」が人気を博し、今春、エッセー「『モテない人』と『仕事がない人』の習慣」(バジリコ)を刊行した。

心のバランス保つ

ネガティブ本はなぜ増えているのか。社会学者の阿部真大・甲南大准教授は、人は「喜び」と「悲しみ」の感情が一定の割合で共存することで平常心を保てるとの考えを踏まえ、こう説明する。「ポジティブ本は『喜び』が過剰なため、『悲しみ』に包まれている人が読むと心のバランスをさらに崩す作用が働く。逆に、後ろ向きな言葉に共感することで、癒やされ救われる。ネガティブ本は、そんな人たちの心を捉えているのではないか」と話す。

(文化部 近藤佳宜)

[日本経済新聞夕刊2016年6月27日付]

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