祖先はどこから来た? 草舟で大海渡る体験、今月から

日本人の祖先、海を渡ってきた人もいるの?

スーちゃん 私たちのご先祖(せんぞ)さまは海を渡って日本にやってきたの? 約3万年前と同じやり方で航海する実験がもうすぐ、始まるって聞いたよ。草でつくった舟(ふね)でもだいじょうぶなのかな。

南方から航海、草の舟で確かめるんだ

森羅万象博士より 人間はサルから進化したと聞いたことがないかな。約800万年前のアフリカで、サルの仲間から「猿人(えんじん)」と呼ぶ人類の仲間が生まれた。今の人類は「ホモ・サピエンス」と呼ばれていて、約20万年前にアフリカで誕生した。

人類はアフリカから何万年もかけて欧州やアジア、さらに世界に広がったとされる。髪(かみ)の毛や肌の色などがちがう様々な人種がいるけど、アフリカを出た人類がそれぞれの地域で進化したんだよ。

日本列島に人類が来たのは3万8000年前ごろといわれる。当時は氷河(ひょうが)期と呼ばれていて、地球全体がとても寒かった。陸地に降り積もった雪がこおってできた大量の氷があり、海の水が減って海面は今より80メートルくらい低く、陸地は今よりも広かった。日本は北海道でアジア大陸とつながっていて、台湾も大陸の一部だった。

このころは「旧石器時代」に区分される。石で作った石器を使い、動物をとらえたり、木の実を集めたりして食料にしていた。黒曜(こくよう)石という石はたたいてくだくと、するどい刃物(はもの)のようになる。少人数の集団で草ぶきの小屋に住み、獲物(えもの)を求めて移動していた。

日本にたどり着いた人類はナウマン象(ぞう)やオオツノジカといった大型の動物を追って来たのかもしれない。長野県の野尻(のじり)湖では、ナウマン象のきばやオオツノジカの角の化石が数多く見つかっている。

旧石器時代の遺跡(いせき)の調査で、人類は3つのルートで日本にやってきたといわれる。ひとつはロシアのシベリアから陸続きだった北海道へ歩いて渡ったルート。もうひとつは朝鮮半島から海峡(かいきょう)をはさんだ対馬(つしま)(長崎県)を経て、九州に上陸した。

これとは別に大陸の一部だった台湾から海を舟で渡り、沖縄本島や石垣(いしがき)島などの南西諸島(しょとう)にたどり着いたという説がある。南西諸島では2万年よりも古い旧石器時代の遺跡が数多く見つかっている。小型の舟で海を渡って島にたどり着き、さらに別の島を目指したと考えられている。

この航海を追体験するという「3万年前の航海 徹底(てってい)再現プロジェクト」に、国立科学博物館の研究者や冒険家らのチームが挑(いど)む。古代の人類がどうやって南西諸島にたどり着いたのかを身をもって確かめるためだ。

遺跡から出てくる約3万年前の石器では、木をくりぬいた丸木舟(まるきふね)は作れなかった。だから古代の人類が作ったのは草でできた舟だと考えた。日本や台湾の水辺に広く生えるヒメガマという草を貝で刈り、乾燥(かんそう)させてからくきをたばねた。草舟の全長は8メートルで、食料や水を持って5人で乗り、こいで島と島の間を渡る。

航海は7月12日以降に出発し、沖縄県の与那国(よなぐに)島から西表(いりおもて)島まで75キロメートルを渡る。来年は台湾から与那国島まで約200キロメートルを航海する。この周辺の海には日本海流(黒潮)があり、海の流れはかなり速い。当時としては大変な冒険だったはずだ。成功できるかどうか楽しみに待とう。

■日本は人骨が残りにくい

博士からひとこと 日本の旧石器時代の遺跡(いせき)では、黒曜石で作った石器や食べたあとの貝がらは数多く出てくる。でも、人間の骨が見つかるのはまれだ。日本に火山が多いからだと考えられている。火山灰の土は酸性で、埋(う)もれた骨を少しずつ溶かしてしまうからなんだ。
これに対し、南西諸島で見つかった旧石器時代の遺跡では、人骨が見つかる。こうした島々はサンゴ礁(しょう)の働きでできた石灰岩が多い。こうした土はアルカリ性なので骨が残りやすいんだ。南西諸島の遺跡では人骨と石器が見つかる例が増えており、日本人の起源を研究する最前線となっている。

(協力=海部陽介・国立科学博物館人類史研究グループ長)

[日経プラスワン2016年6月25日付]