夏にさっぱり、安価な酢 すし人気を演出江戸で生まれた調味料

江戸時代、コメより安価な酒かすから造った酢が、庶民の愛するすし文化の発展を促した。しょうゆが行き渡る前に使われていたのが、酒に梅干しとかつお節を入れて煮詰めた煎り酒だ。江戸時代に花開いた酒を由来とする調味料の歴史をたどった。

「酢は中国から伝わり、奈良時代には朝廷でコメが原料の酢を造っていた」と調味料の歴史に詳しい日本家政学会食文化研究部会長の大久保洋子さんは言う。高価だった酢が庶民に広まり出したのは江戸時代後期の文化期(1804~18年)になってからのこと。立役者は尾張・半田で酒造業を営んでいたミツカン創業者の中埜又左衛門だ。

ミツカングループに赴くと「これが当時の製法で造った酢です」と赤野裕文さんが「純酒粕酢 三ツ判山吹」を出してきた。しょうゆのような色だが、なめてみると意外にも酸味はまろやか。実はこの酢の原料はコメでなく3年間熟成させた酒かすだという。

酒かすから赤酢 現代も引き合い

江戸での酒の販売に苦戦していた中埜又左衛門は、酒を搾った後のかすを原料にする安価な酢を商品化。100万人都市だった江戸へと大量供給し始めた。当時は酢と塩で手早く酢飯にする「早ずし」が広まり、文政期(1818~30年)にはすし職人の初代花屋与兵衛が江戸前の握りずしを大成させる。かす酢の大量供給で、すしは屋台で売るファストフードとして江戸っ子に大人気となった。

その色合いから「赤酢」と呼ばれるかす酢はコクがあり、現代も江戸前ずしの店から引き合いが多い。東京・新木場で赤酢を造る横井醸造工業(東京・江東)を訪ねると、10トン用の四角いタンク10基に酒かすが眠っていた。長く寝かせた酒かすほど茶色い。熟成した酒かすを階下のタンクに移し、酢酸菌を入れて自然発酵させる。

長期熟成した酒かすから造る赤酢を口にすると、コクもさることながら酸味が強い。「蔵によって酢酸菌や酒かすが違うので、同じ長期熟成でも味が違ってくる」(横井太郎社長)そうだ。

焼酎に米麹と蒸した餅米を仕込んで造るみりんが調味料として広まったのも江戸後期の文化・文政期だ。上方からの「下り酒」の攻勢にさらされた下総国(今の千葉県)流山の酒造業者が目を付け、「2代堀切紋次郎がそれまでの赤い色とは異なる淡い透明感ある白みりんを開発した」(キッコーマン国際食文化研究センターの山下弘太郎センター長)。

これにより「煮物、焼き物、あえ物、菓子など幅広い料理に使われ、江戸の料理屋に甘い味付けが定着した」と東京家政学院大学名誉教授の江原絢子さんは話す。

江戸初期に銚子や野田で造り始めた濃い口のしょうゆもこのころには江戸に行き渡る。白みりんと合わせて、屋台で売るうなぎのかば焼きのたれ、そばつゆに使うようになったという。

酒や梅煮詰めて 簡単に手作り

江原さん監修の下「昔ながらの製法の調味料で江戸時代の行楽重を再現する店がある」と聞き、皇居外苑の「楠公レストハウス」に足を運んだ。「江戸後期には『豆腐百珍』や『大根百珍』など素材別の料理本が多数出版され、ベストセラーになった」(江原さん)。そのアイデアを現代に生かした行楽料理の数々は見事だった。

カステラのように焼いた厚焼き卵は上品なみりんの甘さ。焼いた豆腐に練り梅、白味噌、青菜、ウニ、黒ゴマを載せた五色田楽は見て楽しい。総料理長の安部憲昭さんの手で、今の時代にも十分おいしい味に仕上がっている。

カツオやタイの刺し身につけたのは店の自家製という煎り酒だ。酒に梅干しとかつお節を入れて煮つめた調味料。江戸後期にしょうゆが普及する以前には、刺し身などに使っていた。塩味と酸味がさっぱりした味わいだ。

製法は簡単だというので、自宅で煎り酒を作ってみた。江原絢子さんと近藤恵津子さん共著の「おいしい江戸ごはん」が参考書だ。酒200ミリリットルに刻んだ梅干し4個とかつお節5グラムを入れて弱火で半分まで煮詰めた。楠公レストハウスで味わったものより甘い。昔ながらのしょっぱい梅干しを使うべきだったか。

さらに勢いづいて、本に載った12品の料理に挑戦した。煎り酒をかけたふわふわの卵焼き。みりんの代わりに酒を使った三杯酢に焼いたアジを漬けたなます。調味料をあれこれ使わないので料理下手でも意外と手早く作れる。江戸時代の料理は忙しい現代に向いていると実感した。

記者のつぶやき
■外食化の波 屋台で発展
「文化爛熟(らんじゅく)の江戸後期は料亭や一膳飯屋が増えた」と大久保洋子さんは言う。酢とみりんの歴史をひもとくと、上方からの酒の攻勢で劣勢になった酒造業者が、苦境打開のために調味料に進出し、大都会の外食化の波に乗ったことがわかる。庶民に広まる仕掛けが屋台だ。ファストフード化と調味料の発展、なんだか現代の話と重なる。
(福沢淳子)

[日経プラスワン2016年6月25日付]

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