生音で奏でる土臭さ 「真田丸」のメーンテーマ制作
作曲家・服部隆之さん
若きバイオリニスト、三浦文彰による美しく鋭い音色と暴れ馬の鳴き声のような尺八の不穏な響きが、戦乱の世の武士の世界を想起させる。放送中のNHK大河ドラマ「真田丸」のメーンテーマは、壮大で洗練された楽曲という従来の大河のイメージを覆し、泥臭く地をはうように生きる人間の姿を印象づける。この音楽を手がけるのが、ドラマ「半沢直樹」で知られる劇伴音楽の第一人者だ。
先日亡くなった冨田勲さんら多くの有名作曲家が手がけた大河の音楽に「昔からあこがれていた」という。「壮大でドラマチック、そして見るものをわくわくさせた。大河のテーマらしい存在感を出しつつ、一地方の国衆である真田らしさや人間味を出したい。そう考えた時、左官の挾土秀平さんが書いたタイトルの題字を見て『土臭い』雰囲気にしようと決めた」
2004年、真田丸と同じ三谷幸喜脚本の大河ドラマ「新選組!」で初めて大河の音楽を担当した。前回はメーンテーマに歌と合唱を入れるなど独自の工夫を凝らしたが、今作はアナログ的な要素にこだわった。
「今の劇伴音楽は電子化した音楽を使う傾向にあるが、大河はNHK交響楽団の演奏でできる。生音を生かし、最もよく土着的雰囲気を出せるのは協奏曲のようなバイオリンの音色だと直感した。指揮の下野竜也さん、独奏の三浦さんは僕の思い通り、人間的で血の通った演奏をしてくれた」
22日、これまで作曲した映画やドラマのメーンテーマを集めた新作アルバム「メインテーマ・コレクション」を発表した。「真田丸」「半沢直樹」のほか、「華麗なる一族」「HERO 2015 映画版」などヒット作が並ぶ。いずれも物語と一体となって記憶に残る音楽ばかりだ。
「僕はいつも最初にイメージを決め、それを軸に音楽を組み立てる。すると物語が動き、登場人物の性格や心境の変化とともに音楽も動く。曲の中にドラマ性を反映させる。『半沢直樹』のテーマも当初は、半沢が上司らと会議室で対峙する際に流れる怪しく緊張感のある部分だけだったが、プロデューサーと話して後半に穏やかなパートを加えた。冷徹な判断が持ち味の半沢だが、優しさも兼ね備えていることを表せた」
祖父は日本ポップスの基礎を築いた服部良一、父は映画、ドラマなどの音楽の作編曲を手がける服部克久。音楽一家のDNAは確実に引き継がれている。「祖父や父のすごさは同じ立場になるとわかる。祖父の『東京ブギウギ』、父が編曲した谷村新司さんの『昴』、心に残るメロディーばかり。僕も何とか自分の色を出そうとやっている」
8月には宮本亜門演出の音楽劇「狸御殿」が20年ぶりに新橋演舞場で再演されるのを機に、音楽も大幅にアレンジする。映画、テレビでは一時代を築いたが、今は舞台音楽に興味を持つ。「映画と同じ2時間くらいで気軽に見られるオペラを作曲したい。本当にいい作品に過剰な音楽は必要ないので、作品におけるサウンド、音響効果を考えた曲を作りたい。劇伴音楽は1人で作曲しても、スタッフと一緒に創り上げる面白さがある」
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楽譜は手書き 柔軟に思考
「真田丸」のドラマ用音楽の収録はほぼ終え、現在はサウンドトラックの制作が進む。6月5日にN響の演奏を収録し、8日は朝からNHKのスタジオでサウンドの編集作業に明け暮れた。神経を研ぎ澄ませ、音の微妙な長さや響き、明暗を最新機器で細かくチェックする。
同作の曲は全部で100曲ほどあり、気の遠くなるような膨大な作業だ。この日作業を終えたのは午後8時ごろだが、日付が変わることもしばしばという。「細かい修正点は聴く人がほとんど気にも留めない点だけど、後悔したくないのでついこだわってしまう」と話す。サントラは今年2月に第1弾が発売され、今後も順次続編が出る。
編集へのこだわりから作曲でも最新ソフトを駆使するのかと思いきや、楽譜はもっぱら手書き。「鉛筆のほうがすぐに消せていいんですよ」。この新旧の手法を使い分ける柔軟な考え方こそ、人の心に響くヒット作を生み続ける秘訣かもしれない。
(文化部 岩崎貴行)
[日本経済新聞夕刊2016年6月22日付]
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