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笑いは違和感、一途に 劇団東京乾電池が40周年公演

2016/6/21付 日本経済新聞 夕刊

東京乾電池創立40周年記念公演の稽古風景。左から柄本明、ベンガル、綾田俊樹(東京都世田谷区)

人間っておかしいな。劇団東京乾電池の舞台を見ていると、そんな思いに駆られる。笑いを見すえて40年。柄本明、綾田俊樹、ベンガルの創立メンバーが集結、不思議な夏芝居に挑む。

演劇の町、東京・下北沢。小劇場ザ・スズナリにも近い住宅地に、通り過ぎてしまいそうな小さなスタジオがある。その名もアトリエ乾電池。5年前に開場、稽古場に用いる一方、100人ほどの客席をつくって若手公演にあてている。それらの演出は劇団を支える柄本明と角替和枝の役者夫婦がになう。

6月初めに訪ねると、40周年記念公演「ただの自転車屋」(北村想作、22日から東京・本多劇場)の稽古が盛りだった。創立メンバーの柄本明、ベンガル、綾田俊樹の3人が顔をそろえ、セリフを合わせていた。

九州の離島まで、映画監督の綾田とシナリオ作家のベンガルが打ち合わせにくる。宿のエアコンが壊れ、暑い暑いとうめくふたり。修理にきた自転車屋の柄本明は無駄話ばかり。エアコンは一向に直らない……。

■くだらなさ追究

柄本の含み笑いの奇妙さ、ベンガルの不機嫌さ加減、綾田の正調を装う不気味さ。それらが脱力した空気を生みだす。演出をかねる柄本は「そこは、くどくやってもしょうがない」などと間を修正するが、東京乾電池にしかない味がある。作品の意味を柄本に尋ねると「わからないですね」。ひょうひょうと「わからないから芝居の旅に出る。それが面白い」。

原点は即興劇だった。劇団結成のきっかけはビアガーデンのショー。

劇団オンシアター自由劇場で仲良くなった3人は20代半ばのころ「決闘! 割りばし仮面VSスプーンマン」を思いつく。全身に割り箸が刺さった男とスプーンで覆われた男が「お前か、スイカをはしで食うヤツは」「そうだ、なんでもはしで食うのだ」と闘う。が、お客は誰も見ない。

すぐ反省会をやり、マントを着たベンガルが隣のビルから飛び降りるアクションを入れた。拍手まばら、ベンガル骨折。相手は綾田に、ショーも「たぬきとでんでん虫の決闘」に代わる。バケツで打たれた綾田が頭から血を流した。公園や神社で深夜に稽古し、パトカーを呼ばれたことも。

ちなみに、そのショーをやらせたプロデューサーが東京乾電池の名づけ親だ。寸劇をやっては議論し、徹底的に「くだらなさ」を追究した。政治や思想の影響が濃かった1970年代の演劇界に、ナンセンスな笑いで打って出た。

柄本によると、根っこにあったのは「笑いは違和感だ」との思い。「一瞬一瞬の違和感を探ってきた」と。80年代に入って笑いがブームになると、今度は何でも笑う観客に違和感を覚える。「笑いがファッションになっちゃったんです」

■「今ここ」を大切に

ドカンとした笑いから、クスクスした笑いへ。劇団員だった劇作家、岩松了(その後退団)の町内劇やチェーホフ劇などを通じ、人間存在のおかしさへと笑いを転換。その面白さに衝撃を受け、平田オリザが「静かな演劇」を思いついたのは有名な話だ。

今や数日から10日ほどしか公演しない東京乾電池はいかにも渋い存在だが、劇団員は約70人と多い。独自の倫理をもつ「ばかばかしさ」には、ほかにない魅力があるようだ。

演劇評論家の谷岡健彦東京工業大教授はたたえる。「若手まで演技の考え方が等しく共有されている。『今ここ』で感じたことを大切にし、ハプニングまで生かす。それでいて戯曲の言葉はゆるがせにしない」

演出家としても活躍する綾田は「違う場所で活動し、時々集まるのがいい」と長続きの理由を明かす。個性派として存在感をもつベンガルは「笑いはシリアスさの中から生まれる」との見方を深める。笑いへの挑戦に終わりはない。

(編集委員 内田洋一)

[日本経済新聞夕刊2016年6月21日付]

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