老生 賈平凹著20世紀中国の理不尽描く4話

賈平凹の作品はこれまで日本で、1980~90年代に『野山―鶏巣村の人びと』『廃都』『土門』が翻訳紹介されている。いずれも、中国西北部に位置する陝西(せんせい)省の農村や都市に暮らす人たちの日常を題材としていた。その後も、地方劇の劇団の衰退と伝統的な農村社会の解体を重ねて描く『秦腔』(2005年)、磁器を生産する貧しい山村の文革を描く『古炉』(11年)など重要な作品があったが、今回刊行されたのは最新作『老生』(14年)である。

(吉田富夫訳、中央公論新社・3700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

「老生」は中国伝統劇の役柄で年配の男役を言うので、このタイトルはまず本書に登場する男たちを指すのだろう。また、「老生常談」(老いの繰り言)という成語があるから、還暦を過ぎた賈平凹のこの小説に対する自嘲とも受け取れる。

本書は陝西省秦嶺の山奥に住む「唱師」(弔い歌の歌い手)が語る4つの物語からなる。第1話は1940年代の国共内戦期、秦嶺遊撃隊(共産ゲリラ)の死闘を描く。彼らの実態は、貧しさゆえに銃を手にした匪賊(ひぞく)まがいの荒くれ男たちだった。第2話は共産党政権樹立後の土地改革の時代。地主の土地を取り上げ、貧しい農民に配ると言えば聞こえはいいが、誰を地主と認定するか、没収した土地をどう分けるかをめぐって人間のエゴイズムがむき出しになる。第3話は人民公社の時代から文革まで。政治運動のたび、私憤あるいは偶然によって罪人が仕立て上げられ、多数の犠牲者が出る。第4話は改革開放後。鉱山の開発に伴う事故、SARSと思われる疫病の流行などで、またも大量の命が奪われる。

4話を通じて、20世紀以降の中国現代史がいかに凄惨なものだったかがわかる。残酷な殺戮(さつりく)、理不尽な暴力、下品な性行為、動物虐待、女性蔑視などに満ち満ちている。小説全体で、おびただしい数の登場人物が死亡するが、そのほとんどがまともな死に方ではない。

これらの生々しい話にワンクッションを置き、歴史の相対化を図るため、賈平凹は4つの物語の前後や途中に、中国古代の地理書『山海経(せんがいきょう)』の記述を挿入している。『山海経』には奇想天外な神話・伝説の記載もあり、これまで多くの文学者の想像力をかき立ててきた。魯迅は幼いころに絵入りの『山海経』に心惹(ひ)かれ、『故事新編』の創作に当たって、いくつかの題材を利用している。また、ノーベル賞作家高行健には、古代の神話世界に隠喩をこめた異色の劇作『山海経伝』がある。賈平凹の本書も、こうした伝統に連なる作品といえようか。

(中国文学者 飯塚 容)

[日本経済新聞朝刊2016年6月19日付]

老生

著者 : 賈 平凹
出版 : 中央公論新社
価格 : 3,996円 (税込み)