震度7、そのとき医療は 熊本地震2カ月で検証基幹病院も機能不全 コーディネーターが派遣要請

本震後、救急搬送された患者らでごった返す熊本赤十字病院(4月16日未明、熊本市)=同病院提供
本震後、救急搬送された患者らでごった返す熊本赤十字病院(4月16日未明、熊本市)=同病院提供
2度にわたって最大震度7の揺れが襲った4月の熊本地震。医療機関も被災し、多くが機能をいったん止め、入院患者らの移動を迫られた。一方で全国から救護チームが駆けつけ、不足する人手や器材を補った。東日本大震災など過去の教訓は生かされたのか。新たに見えた課題は何か。発生2カ月を迎えた被災地の医療を検証する。

患者を転院

「災害マニュアルは急患を受け入れる前提だった。逆に全患者を搬送することになるとは……」。入院患者約310人の転院、退院を余儀なくされた熊本市立熊本市民病院の田代和久総務課長は振り返る。4月16日未明の「本震」で、建物倒壊の危険に直面した。

2日前の前震では約300人の急患を受け入れ、「訓練通り対応できた」(田代課長)。だが本震では壁に無数のヒビが走り、柱も破損。水道管から水が漏れ、ライフラインも途絶。最大震度5強~6強の余震が続く中、患者は被害が軽い新館1階周辺に避難した。低体重や重い病気の新生児すら毛布の上に寝かされ、手動の呼吸器で命をつなぐ状況。「もはや安全を確保できない」と判断した。

受け入れ先を確保するため、職員は電話をかけ続けた。県などが集めた救急車数十台でピストン輸送し、搬送を終えたのは16日午後2時ごろ。今も病棟の大半は立ち入り禁止で再開は外来診療にとどまる。2018年度中に別の場所で再建する予定だ。

市防災計画では中心的役割を期待されていた。1979年完成の南館は耐震基準を満たさず、15年度中に建て替え工事が始まる予定だった。ただ資材費上昇などで総工費が当初の133億円から209億円に高騰。着工を延期していた。

新病棟停電

機能不全に陥った病院は多い。厚生労働省が被災地の主要131病院を調べた結果、4月22日時点で8カ所の建物が損壊し、43カ所でライフラインに被害が出た。昨年9月時点の県内の病院の耐震化率は62.6%と全国平均を約7ポイント下回り、ワースト7位だった。

訪問調査した摂南大の池内淳子教授(建築学)は「耐震化率を100%に近づけることが肝心。さらに病院は法令より高い耐震性が求められる」と指摘する。

災害拠点病院の中核、熊本赤十字病院(同市)も予想外の事態に見舞われた。建物被害は限定的だったが、総合救命救急センターが入る「救急棟」の高圧配電ケーブルが故障し停電。患者の治療優先順位を判別するトリアージの拠点を急きょ隣接する病院本館に移した。

宮田昭副院長は「被災した患者が殺到する前に判断できた。想定外の停電にも臨機応変に対応し、幸い大きな影響は出なかった」と振り返る。一方で救急棟は4年前に新築したばかりで「まさか停電するとは思わなかった」。トリアージ用の専用タグは常備分の大半を前震の際に使い切り、本震では一時、不足気味になるなどの課題も浮上した。

本震後、職員約1400人の約半数が自主的に駆けつけた。災害対応で受け入れた患者は16日だけで584人。4日たった20日には通常の診療を再開した。宮田副院長は「本震翌日、避難所への職員派遣は見送り、まず病院機能の維持や回復に専念する方針を明確にしたことが早期復旧につながった」と振り返る。日赤系の他病院などが救護班派遣を担い、熊本赤十字病院にも人手を出して被災した職員の休息や片付けを支えた。

支援迅速に

被災地には多くの医療チームが入り、病院や避難所でサポートに当たった。

厚生労働省の災害派遣医療チーム(DMAT)は32都道府県から延べ1272チームが派遣され、医師や看護師ら6258人が4月末まで活動。日本医師会災害医療チーム(JMAT)も6月7日までに530チーム、2270人を送った。日本赤十字社は救護班など210チームを出した。

地震後に被災地で活動するDMATの医師ら(4月16日、熊本県益城町)

各チームと協力し、地域のニーズに応じて救護班などの派遣調整を担ったのが「災害医療コーディネーター」だ。活動は4月14日の「前震」直後に始まった。

「病院が倒壊の恐れ。患者搬送が必要との要請です」。熊本県災害対策本部の「派遣調整本部」には、次々と医療機関の被害状況や支援要請が集まった。

コーディネーター役の医師らは自衛隊や日赤の担当者と直談判。搬送車両や患者に付き添う医師らを手配した。4月15~19日の間、10施設の入院患者ら約1500人を避難させた。

同コーディネーターは地域によって医療支援に偏りが生じた東日本大震災の教訓を受け、熊本県が2013年6月、九州で初めて登録制度をスタート。今年4月までに訓練を受けた医師15人が登録していた。

4月20日には保健所の管轄エリアごとに地域調整本部を置き、県の本部が統括する体制に変更。感染症やエコノミークラス症候群など、避難所が抱える問題は刻々と変わる。きめ細かく救護班の配置を調整し、消毒薬など物資を確保。調整は6月2日まで続いた。

登録コーディネーターの井清司・熊本県赤十字血液センター所長は「年数回の研修会で医師や県職員らに役割などを周知した成果が出た」と振り返る。ただ登録者の大半は基幹病院の救急部門などに所属しており、「コーディネーターに専念できず、人手は足りなかった」と課題を指摘する。

今回は厚労省のDMAT事務局が派遣した「DMATロジスティックチーム」がDMAT撤収後も県庁に残り、コーディネーターを手助けした。「撤収後も長期間、被災地に残る予定はなかったが、必要性が高いと分かった」(近藤久禎事務局次長)。今後、役割の見直しも検討する。

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エコノミー症候群 避難長期化 継続支援を

熊本県内では、今月15日時点でなお約6千人が避難所などで生活する。エコノミークラス症候群に詳しい新潟大の榛沢和彦講師は「避難生活の長期化は同症候群の発症リスクを高める」と継続的な支援を訴える。

県によると、同症候群で入院が必要とされた患者は2日時点で51人。うち女性が39人を占めた。榛沢講師は「死者は数人で、2004年の新潟県中越地震に比べると少ない。啓発や予防の効果が出ている」と話す。ただ40~50代の女性は子供や高齢者に水・食料を譲るなど我慢しがちで、発症が目立っているという。

中越地震では車中泊だけでなく、避難所でも体を動かす機会が減り、発症リスクを高めたという。1年後でも多くの被災者に原因となる足部の血栓が見つかった。榛沢講師は「熊本地震も同じ状況になる可能性がある」と警鐘を鳴らす。弾性ストッキング着用や十分な水分摂取などに加え、立ち上がりやすい簡易ベッドの導入が必要という。

(倉辺洋介、藤井将太)

[日本経済新聞朝刊2016年6月19日付]

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