最高峰ギタリスト、渡辺香津美さん デビュー45周年
ハーモニーの色彩を追求して
名実ともに日本の最高峰にして、世界でも評価の高いギタリストだ。17歳のデビューから45周年を迎えた。ジャズからクラシックまでジャンルを軽々と横断し、エレキとアコースティックの両方を自在に弾く。カラフルなサウンド、印象に残る旋律、速弾きの即興演奏。万能の音楽性は、どう磨き上げられたのだろう。
「自分の核はジャズであり、ジャズの作法による即興演奏だと思っています。ただし、しょっちゅう作法を破っているわけですが。僕はジャズの理論から外れても構わないと思う。ただし自分で許せない外れ方はある。それを選ぶ基準、価値観は習うものではなく、経験で培うしかない」
「原体験は1960年代半ばに見た米エレキギターバンドのベンチャーズと加山雄三さんの主演映画『エレキの若大将』。ジミ・ヘンドリックスのロックにも衝撃を受けました」
「当時、ジャズの主流はエレクトリックを取り入れた新しい形に移り変わろうとしていたから、ロック少年だった僕でも自然とジャズに親しめた。そういう時代にジャズと出合ったことが大きいと思っています」
デビューしてからはギターの音をひずませるファズ、激しくうねらせるワウワウなど、機材を大胆に使ってジャズを演奏した。米ギタリスト、ラリー・コリエルに影響されたという。
「彼はギターの音をひずませてジャズをやっていた。ジャズギターはクリーンでなくてはという考え方も根強い中で、自由でいいのだと教えられました」
1980年のアルバム「トチカ」が大ヒット。プロデュースした米ビブラフォン奏者のマイク・マイニエリから多くを学んだ。
「曲の中にA、A、Bという部分があったとして、AとAを同じように弾いたら、やり直してくれと言われた。同じメロディーが2回出てきたら、2度目は弾き方や音色を工夫しなければ聴き手が飽きてしまうよ、というのです。今も僕の座右の銘になっています」
近年、自分が一番得意なことは何なのかと自問するようになったという。
「それはハーモニーを紡ぐことかな。作曲の際は天からメロディーが降りてくるタイプではなく、ハーモニーの色彩感から発想する。常にギターで様々な音の積み重ねを試し、ハーモニーの色彩を探っている」
ドミソの和音1つとっても、どの弦をどの音に割り当てて弾くか、無数の組み合わせがある。教則本で目にする定番の押さえ方ではなく、工夫を重ねた思いもよらない指使いで、新鮮な和音を鳴らす。
「誰もやっていない和音の連結を発見し、聴いたことのないハーモニーを生み出せたら、パソコンに入れて繰り返し聴いてみるのです。こうしていると音楽を聴いているのか、何かの景色を見ているのか分からなくなるときがある。瞑想(めいそう)に近い感じです。その響きからメロディーが浮き上がってくる。それをつまみ上げるのが僕の作曲法です」
「いろんなことができるねと言われますが、実は不器用な面も多いと痛感しています。技術面は時間をかければ錬磨できるが、今後はイマジネーションを磨かないと次の段階に行けないのではと思っています」
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若手に伝える 同じ舞台で
「ギター生活45周年祭」公演が5月20日、東京のオーチャードホールで開かれた。アコースティックの高い技術を持つ押尾コータローをはじめ、ロックのSUGIZO、ボサノバの伊藤ゴロー、クラシックの村治佳織、フラメンコの沖仁ら、各分野の名ギタリストが次々とゲストで登場して渡辺香津美と共演した。
これは4月発表の記念CD「ギター・イズ・ビューティフル KW45」と同じ趣向だ。CDではこの夜は出演しなかったリー・リトナー、マイク・スターンらとも共演している。「ギターの音が演奏者の個性によって、これほど違った表情を見せるのかと驚かされました」と渡辺は言う。
この夜は渡辺の懐の深さに圧倒された。個性的でジャンルも違う名手たちをステージに迎えながら、彼らの音を余裕で受け止める姿が印象に残った。「学んできたことを若いギタリストに伝えていきたい」と話したが、同じ舞台で一緒に弾かなければ伝えられない何かがあるに違いない。
(編集委員 吉田俊宏)
[日本経済新聞夕刊2016年6月8日付]
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