屋根裏の仏さま ジュリー・オオツカ著米国に渡った「わたしたち」の声

20世紀の初め、アメリカ大陸で移民として働く男たちに嫁ぐため、海を渡った日本人女性たちがいた。彼女たちは夫となる人のことを写真でしか知らず、希望と不安を抱えて新天地の暮らしを夢見ながら同胞たちと船に乗った。

(岩本正恵・小竹由美子訳、新潮社・1700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

「写真花嫁」と呼ばれた彼女たちが辿(たど)ったいくつもの運命を、本書は「わたしたち」という一人称複数の主語で語る。控えめに、そして滔々(とうとう)と語られる無名の彼女たちの物語は、時に古代の神話のように厳かな調べで響き、時に子ども時代に枕元で聞いた昔話のように、耳に快く懐かしい。

到着と同時にあえなく現実に裏切られた彼女たちは、必死に厳しい環境を生き抜き、暴力や偏見にさらされながらも、やがては子をもうける。その一方で、病に倒れ、あるいは激しい変化に耐えきれず、はかなく消えていってしまう者もいた。それでもここで語られる「わたしたち」一人一人の人生の断片は、いきいきとした生活の手触りにあふれ、つつましい輝きを失っていない。ページをめくるたびに、彼女たちの日に焼けた手で摘まれるベリーが香り、小さな手で整えられたベッドシーツが頬に触れる。どうしようもない哀(かな)しみも憤りも、わずかに訪れる喜びも、それぞれが虹色の光を帯びた泡のように、ひそやかにきらめいている。

ところがようやく居場所をつかみかけた彼女たちに、今度は戦争の暗い影が落ちる――アメリカ政府からの日系人強制収容命令によって、長年の苦労のすえ築き上げてきたものが無惨(むざん)に奪いさられるのだ。本書のタイトル、「屋根裏の仏さま」が意味するものを知ったとき、読者はこの「写真花嫁」たちに限らず、二度と戻れない故郷を心に持つ人々の深い哀(かな)しみを想(おも)わずにはいられないだろう。彼らがすがたを消してしまったあとの街には、沈痛な静寂だけが残る。

それでも本書に現れる「わたしたち」のかぼそいささやき声は、いまもまるで海中深くに沈められた無数のソナーのように、誰にも顧みられなかった暗い海底のようすを映し出してくれる。「わたしたち」は働き、嘆き、怒り、喜び、そして確かに生きていた。そこに広がる生命の豊穣(ほうじょう)さはどこまでも尽きず、静寂のなか、永遠の輝きをたたえている。あるいはその輝きは、それぞれの時代を生きる「わたしたち」が、遠い未来の誰かのために連綿と語り継いでいくべきものでもあるのかもしれない。

(作家 青山 七恵)

[日本経済新聞朝刊2016年6月5日付]

屋根裏の仏さま (新潮クレスト・ブックス)

著者 : ジュリー オオツカ
出版 : 新潮社
価格 : 1,836円 (税込み)