拝啓 市長さま、こんな図書館をつくりましょう アントネッラ・アンニョリ著変化するための具体的な提言

ぼくの通った高校の図書館には中二階の狭い書庫があった。その奥に入り込み、古い『キネマ旬報』を読むのが好きだった。そこはぼくの「居場所」だった。

(萱野有美訳、みすず書房・2800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

本書の写真を眺めていると、そんな記憶が甦(よみがえ)ってきた。日本を含めた世界各地の図書館で撮影された光景だ。子どもも大人も、好みの場所で思い思いの格好をして、それぞれ好きな本を読んでいる。それは読書という行為のみならず、民主主義の基盤をなす原初的イメージでもあるだろう。

公共図書館をとりまく環境は厳しい。ネットが普及し、本は読まれなくなり、時に税金の無駄遣いと糾弾され、存在理由は霞(かす)みがちだ。でも、と本書はいう。百年後にも図書館は確かに存在するはず。ただしまず図書館自身が変わらなければ。本の収蔵や貸出(かしだし)の施設というより、むしろ人びとの「居場所」へ。

語り口はほんわかしているが、それを支えるのは切迫した危機感と強烈な自負だ。たとえば本書は、とりわけ本に疎遠な人や社会的弱者にこそ公共図書館はひらかれるべきだと訴える。新自由主義とグローバル化の進展は、経済格差の拡大ばかりか、文化や社会の面での分断をも招いた。社会のなかに居場所を失った人びとがその状況から抜けだすためには、自己学習(自己啓発ではなく)が不可欠だ。図書館なら、そのための機会を無償で提供し、居場所となることができる。絶望的なまでに分断された社会を再び統合し、民主主義の再生へ貢献するためにこそ図書館は転生すべきだという。

図書館員と行政職員、市民が協働すれば、図書館は実際に変えられると著者は説く。その提言は、建築から資金調達、運営、行政との関係など、幅広くて具体的だ。なるほど、国の規模では埒(らち)があかなくとも、自治体レベルなら工夫の余地は小さくない。公共図書館の充実は生活の質を向上させ、地域に真の活性化と自立をもたらす。図書館は地域への、そして教育は未来への最大の投資なのだ。

老若男女が集い、本を読み、音楽や映像を愉(たの)しみ、ゲームに興じ、ワークショップで学び、他者と出会うことができる。そんな未来の公共図書館はこれまで以上に多くの人びとを惹(ひ)きつけるだろう。ただ、多様なメディアや要素を取り込んでゆけばゆくほど、逆にその場を「図書館」とよぶ必然性がぼやけてしまいはしないだろうか。力強い言葉の陰にあるはずの、実践者としての著者の膨大な試行錯誤の経験についてももう少し触れられていたらよかったかも。

(明治学院大学教授 長谷川 一)

[日本経済新聞朝刊2016年5月29日付]

拝啓 市長さま、こんな図書館をつくりましょう

著者 : アントネッラ・アンニョリ
出版 : みすず書房
価格 : 3,024円 (税込み)

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