アフガン・対テロ戦争の研究 多谷千香子著南アジアの視点からタリバン分析

本書は、タリバンという奇矯なイスラムを奉ずる体制がアフガニスタンでなぜ生まれ、米国主導の対テロ戦争で一度は瓦解しながら、なぜ復活していったかを、アフガニスタンと米国、そしてパキスタンという当事者の動きを中心に分析していったものである。

(岩波書店・6000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

この種の本は、地域研究者か安全保障の専門家が書くものと相場が決まっていたが、著者略歴をみて驚いた。著者は東京地検検事や旧ユーゴ戦犯法廷判事を経験した、いわゆる法律家で、この地域の専門家ではない。あとがきによれば、2008年のインド・ムンバイでの同時多発テロを契機に戦争犯罪に適用される共犯理論が国際テロにも有効だと考えるようになり、それがアフガン対テロ戦争研究に向かった動機になったという。

本書ではアフガン情勢の分析を、パキスタン独立から掘り下げる。そしてパキスタンの対インド戦略を背景に、アフガニスタンに親パキスタン政権を構築しなければならないという強迫観念にも似た同国軍諜報(ちょうほう)機関ISIの「戦略的深み政策」がタリバンの勃興や復活に深く関わっていると指摘、それに米国の対テロ戦争での失政、見込み違い、地域に対する無知が混乱に拍車をかけたと分析する。

アフガン戦争の前と後とでタリバンやアルカイダが変質したことをどう見るか、評者と意見が異なる部分があるものの、終章で描かれた暗澹(あんたん)たるアフガニスタンの近未来図には首肯できるところが多い。

また、アフガニスタンというと日本では中東のイメージが強いが、南アジアの視点がはるかに重要であることは、本書を読み、あらためて痛感させられた。

一方、細かい事実関係の間違い、イスラムに対する初歩的な誤解が散見されたのは残念だ。依拠した資料がほぼ英語のみなのはしかたないとしても、タリバンが英語で出した声明類がほとんど利用されていないのはいかがなものか。またこの地域に関しては日本の専門家による優れた研究もあるのだが、使われていない。

だが、アフガン情勢への関心がほぼ失われている日本でこうした地道な研究が世に出たことは重要である。アルカイダやIS(イスラム国)の活動は依然活発であり、対テロ戦争に決着をつけるべく登場したオバマ政権も確たる成果を上げられぬまま消え去ろうとしている。本書は、われわれが紛争の根源であるアフガニスタンに再度関心を向け、問題を問いなおすきっかけとなる労作といえるだろう。

(日本エネルギー経済研究所研究理事 保坂 修司)

[日本経済新聞朝刊2016年5月29日付]

アフガン・対テロ戦争の研究――タリバンはなぜ復活したのか

著者 : 多谷 千香子
出版 : 岩波書店
価格 : 6,480円 (税込み)

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