高齢者の皮膚の「スキンテア」 摩擦やずれでけが
「虐待」疑われる例も、テープはがし注意
「この傷、どうしたんですか」。入院中に皮膚がめくれるケガをした患者の家族が、不審げに看護師に尋ねる。病院側は普段通りの処置をしていたことを説明、納得してもらった――。
病院や高齢者施設ではこうした事態が起きる。国保旭中央病院(千葉県旭市)の加瀬昌子看護師長は「患者の皮膚に傷やアザがあると、家族から『乱暴に扱われた』『虐待被害かも知れない』と疑いの目を向けられる」と打ち明ける。
高齢者の皮膚は極端に薄くなったり、内出血しやすくなったりする。ベッド柵や車椅子などにこすれると、皮膚のめくれや青黒いアザが生まれやすい状態だ。移動や体位変換のため腕や足をつかむなど、日常的な世話の中でも起きうる。「皮膚が裂ける」の英訳で「スキンテア」と呼ばれる。
75歳以上にリスク
起きやすいのは75歳以上の高齢者だ。皮膚の乾燥が進み弾力性も失われるためだ。原因は加齢だけではない。様々な疾患を抱え、その治療ための薬がもとで皮膚の細胞の新陳代謝が抑えられ、薄くなる場合もある。認知機能の低下や感覚障害があれば皮膚への接触に気付きにくい。
ではスキンテアはどんな場面で起きるのだろうか。
床ずれや排せつなどのケアを研究する日本創傷・オストミー・失禁管理学会は2014年10~11月、病院や訪問看護の現場で確認されたスキンテア925例について原因などを調べた。
最も多いのが「テープ剥離時」で17.5%。点滴などで体に貼ったテープを取り除くとき、皮膚がくっついて剥がれるケースだ。「転倒した」(11.8%)、「ベッド柵にぶつけた」(9.9%)、「車椅子での移動介助時の摩擦・ずれ」(4.6%)が続く。
低刺激の保湿剤を
裂傷は出血や痛みを伴う。予防法は大きく分けて5つある。まずは皮膚の保湿。刺激が低いタイプの保湿剤を1日複数回塗って乾燥を防ぐ。テープを剥がすときの刺激を軽くする必要もある。皮膚から離れやすい「シリコンテープ」のほか、テープを貼る前に吹きかけて薄い膜で保護する皮膜剤を使う手法がある。
同学会はこのほか、▽ベッド柵などぶつかりやすい箇所をタオルなどでカバー▽衝撃を和らげるためのアームカバーや靴下の着用▽こすれなどを避けるため2人以上での移動介助――を対策に挙げる。
国保旭中央病院の加瀬看護師長は「医師やリハビリ担当者ら患者と接するスタッフすべてが徹底する必要がある」と訴える。予防を強化した結果、14年に330件あった入院中のスキンテアは15年に235件まで減ったという。
スキンテアは在宅時や介護施設でも起きる。名古屋市の介護老人保健施設で施設長を務める大西山大医師は「ヒヤリハット報告の約半数が皮膚裂傷などのトラブルだった」と話す。介護施設や在宅介護業者などと協力した実態調査で、介助の際などに多発していたことが分かったという。
大西医師は「数週間で治る軽傷例も多いため、施設内で軽視されがち。今後は介護現場でも予防策を充実させる必要がある」と警鐘を鳴らす。
高齢化が進む一方の日本で、スキンテアへの取り組みは不可欠。日本創傷・オストミー・失禁管理学会の真田弘美理事長は「家族も皮膚を守る知識と技術を知っておく必要がある。正しくケアをすれば発生は減らすことができる」と話す。
◇ ◇
20年前から予防提唱
スキンテアの予防や治療は約20年前に海外で提唱され、研究が進んだ。日本で知られるようになったのは数年前から。オーストラリアの専門家が講演などで日本に伝え、実態調査などが行われるようになった。
それ以前も病院などで皮膚の裂傷は確認されていた。ただ予防法などは認知されておらず、あまり対策が取られていないのが実情だった。
日本看護協会は床ずれなどの創傷管理や失禁などの排せつ管理を高い水準で実施できる看護師について、「皮膚・排泄ケア認定看護師」として認定している。5年前にはこの制度にスキンテアの予防法や適切な処置を取り入れた。
同看護師は昨年12月時点で2172人。毎年100~200人増えている。予防法などの普及を図ろうと、昨年10月には日本創傷・オストミー・失禁管理学会が「ベストプラクティス スキン―テア(皮膚裂傷)の予防と管理」という看護師向けの書籍をまとめた。
(鈴木慶太、倉辺洋介)
[日本経済新聞朝刊2016年5月29日付]
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