現代の危機に立ち向かう ローチ監督に2度目の栄冠
第69回カンヌ国際映画祭閉幕
ケン・ローチ監督が2度目のパルムドールを受賞し、22日閉幕した第69回カンヌ国際映画祭。人々を追い詰める世界の危機や家族の危機。映画作家は様々な現代の危機に立ち向かった。
「新自由主義が破滅を招き、我々の生きる世界は危機にある。映画は権力に立ち向かってきた。我々は人々に希望を持ち続けるためのメッセージを与え、別の世界を作る可能性と必要性を示さなければならない」
「俺、ダニエル・ブレイク」でパルムドールを手にした79歳の英国の巨匠ケン・ローチはそう語り、満場の拍手を浴びた。2006年の「麦の穂をゆらす風」に続き2度目の最高賞だ。
弱者通し希望見る
舞台はイングランド北東部の都市ニューカッスル。59歳の指物師ダニエル・ブレイクは妻を亡くし、体を壊し、職を失い、国の助けを必要としている。そんな男が2人の子供を抱えたシングルマザーと出会う。
英国の社会福祉の現況が克明に描かれる。窓口は混み、職員は忙しい。業務の効率化で、パソコンを使えない人には不便で、受給者は怠け者扱いされる。そんな逆境にある職人が、より弱い者に手をさしのべる。
ローチは弱者の立場に立ちながら、情緒に流されない。ドライな描写に徹し、理不尽な現実に立ち向かう主人公の義侠(ぎきょう)心を浮かびあがらせ、そこに希望を見る。
グランプリを受賞したカナダのグザヴィエ・ドラン監督「まさに世界の終わり」はフランスの劇作家ジャン=リュック・ラガルスの戯曲を映画化した。死期が迫った若い作家が、それを告げるため帰郷する。だが母、兄、兄嫁、妹はそれぞれ心に不満を隠し、会話はかみあわない。その対話の不可能性に現代の不毛が映る。新鋭ドランは絶え間ない感情の渦をとらえた。
監督賞を分け合ったルーマニアのクリスティアン・ムンジウ「バカロレア」とフランスのオリヴィエ・アサイヤス「パーソナル・ショッパー」にも現代社会の危機が垣間見える。
「バカロレア」が描くのは家族の危機。留学の資格試験を目前に控えた娘が何者かに襲われたことで、主人公の愛人の存在、妻との冷え切った関係が露呈する。独裁政権や修道院などの極限状況で追い詰められる人々を描いてきたムンジウが、平穏な家庭が壊れていくさまをリアルに描く。
自我の揺らぎ描く
「パーソナル・ショッパー」が描くのはパーソナリティーの危機。セレブの服の買い物代行業をしている女が、スマホに現れる幽霊に追い詰められる。現実と虚構の区別がつかず、自我同一性も揺らぐ現代人の病を象徴的に描く。アサイヤスらしい知的なホラーだ。
脚本賞と男優賞(シャハブ・ホセイニ)のイランのアスガー・ファルハディ監督「セールスマン」も現代人の疎外感を突く。妻が何者かに襲われ、夫は侵入者に報復しようとするが……。舞台上で夫婦が演じる「セールスマンの死」と侵入事件の謎解きが交錯する。
フィリピンのブリランテ・メンドーサ監督「マ・ローサ」は主演のジャクリン・ホセが女優賞を獲得した。マニラの貧民街の現実を、素人俳優を多用し、実際の街で撮った。リアルな危機と、立ち向かう家族の姿が確かにそこにある。
賞を逃したがドイツのマーレン・アデ監督「トニ・エルドマン」も家族の再生の物語だ。キャリア女性の娘と変人の父の反発と和解をドタバタ喜劇調で描き、現代の一断面を活写した。
ある視点部門で審査員賞を受けた深田晃司監督「淵に立つ」は突然入ってきた男によって、平穏だった家族の関係が揺らぐ。「怒りの映画作家」(ルモンド)、「うわべの平静さを暴く」(リベラシオン)など、深田の社会に対する鋭利なまなざしが評価された。
(カンヌで、編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2016年5月24日付]
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