だるさや寒け甲状腺原因? 妊娠中など240万人
「暖かくなってきたのに汗をかかない」「寒くて冷房のかかっている部屋にいられない」。季節の変わり目、何かいつもと違う感じはないだろうか。実は甲状腺の病気によるものかもしれない。
甲状腺は、のど仏のすぐ下にあり、ごくんと唾を飲み込んだときに動く。新陳代謝や体の成長・発達、心身活動の調整などに関わる、甲状腺ホルモンを作る組織だ。このホルモンが「不足すればだるさや冷え、過剰になれば動悸(どうき)や多汗など、様々な不調を引き起こす」と甲状腺専門の金地病院(東京・北)の山田恵美子院長。
大半が未治療
日本で治療が必要な甲状腺の病気がある人は240万人と推計される。これは、脂質異常症の患者数約206万人を上回る。ところが、実際に治療を受けているのは約45万人にすぎない。というのも、自分が甲状腺の病気だと気づいていない人が多いのだという。
血液中の甲状腺ホルモン量は、脳の視床下部が制御している。甲状腺ホルモン量が足りなければ、下垂体から甲状腺刺激ホルモン(TSH)が出て甲状腺の働きを活発にする。逆に、甲状腺ホルモンが多すぎればTSHの分泌量を抑える。
こうした制御が利かない状態が、甲状腺の働きが鈍る「甲状腺機能低下症」や働きが異常に活発になる「甲状腺機能亢進(こうしん)症」だ。前者は甲状腺ホルモンが少なくなりすぎ、後者は多くなりすぎる。いずれも女性に多いのが特徴だ。
汗をかかない、冷房が耐えられないなどの場合、低下症の可能性がある。低下症は、手術やがんなどの放射線治療で起こることもあるが、最も多いのが「橋本病」によるものだ。
橋本病は自分の体の一部である甲状腺を、異物とみなして攻撃する自己抗体を作り出してしまう免疫の病気。女性の10人に1人にみられる。抗体が甲状腺を破壊すると、血中の甲状腺ホルモンが減り、新陳代謝が落ちて、暑いはずなのに寒く感じるなどの症状が出る。
別の病気と誤認
ほかの症状は、だるさやむくみ、便秘といった、いわゆる「なんとなく調子が悪い」という不定愁訴が多い。医療機関に行っても、甲状腺の病気と気づかれないことがある。更年期障害や認知症、うつ病など別の病気に間違われることもある。
橋本病かどうかは、血液検査で自己抗体があるかどうかを調べたり、甲状腺ホルモンや甲状腺刺激ホルモンの量を調べたりすれば、すぐに診断がつく。治療は、足りない甲状腺ホルモン剤を1日1回飲むだけですみ、副作用はほとんどない。
一方、甲状腺機能亢進症の代表がバセドウ病だ。新陳代謝が活発になりすぎるため、疲れやすさや動悸、イライラ、不眠などの症状が表れる。心臓病や更年期障害と間違えられることがある。橋本病と同様に、血液検査でほぼ診断できる。
こうした症状がなくても、妊娠を希望する女性は甲状腺の検査を受けた方がいい。甲状腺ホルモンは妊娠や胎児の発育に関わることが分かってきたからだ。
例えば、甲状腺刺激ホルモンが高いほど流産する率が高いという報告がある。甲状腺の病気が専門の伊藤病院(同・渋谷)の吉村弘氏は「妊娠中の甲状腺刺激ホルモンの推奨値を、国際的な診療ガイドラインでは、上限値を日本より低めに設定し、胎児への影響を注意するよう呼びかけている」と説明する。
さらに、「血中の甲状腺ホルモン値が低いと、不妊や胎児の発育に影響する」と山田院長。「妊娠初期の母親の甲状腺ホルモン値が高すぎるか低すぎると、そうでない場合に比べ、子の6~8歳時の知能指数が低く、脳の灰白質の容量が小さいという研究もある」と吉村氏。
「橋本病の場合、自己抗体を持っていても約9割の人は甲状腺ホルモンの量が不足しないため症状には表れない。そのため自分の病気に気づかない人も少なくない」と東京都予防医学協会保健会館クリニック(同・新宿)の百渓尚子部長は指摘する。この時期、何かいつもより調子が悪いと気づいたら、早めに甲状腺の検査を受けよう。
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バセドウ病の治療、外科手術も有効
バセドウ病では、一般に最初に飲み薬で治療を試みる。甲状腺ホルモンが作られるのを抑える薬だ。副作用が起こりやすく、頻繁に医療機関を受診する必要がある。治療を続けると、4~5割の人は2~3年で治療しなくてもよい状態になる。
「薬が効きにくい人や甲状腺が大きく腫れた人は、甲状腺を切り取る外科手術を選ぶ」と山田院長。術後は甲状腺機能が低下するので、甲状腺ホルモン薬を飲んで補う。
このほか、放射性ヨウ素を飲むアイソトープ治療がある。「19歳以下の若者や妊娠・授乳中はできないが、1回で1~2カ月後に治療効果が表れ、よくなる率も高い」(山田院長)。
(ライター 武田 京子)
[日経プラスワン2016年5月21日付]
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