脱ロックに完成なし マルチ集団 自在の楽器編成
米ロックバンド・トータス
普通ならステージ奥に引っ込んでいるドラムセットが最前中央に構える。しかも向かい合って2台。それだけでこのバンドの唯一無二の音楽性が伝わってくる。米シカゴで1990年に結成。「ポストロック」と呼ばれる実験性に富んだジャンルの象徴となり、世界的な隆盛を導いた。
4月上旬、東京・渋谷のライブハウスで来日公演が開かれた。まずダグラス・マッカム(写真左から2人目)、ダン・ビットニー(同右端)、ジョン・ヘーンドン(同右から2人目)の3人が登場。ベースやシンセサイザーを操る。
ステージ袖からジョン・マッケンタイア(同中央)が現れ、一方のドラムセットに座り、バシンとスネアをたたくと、観客から大歓声が沸き起こった。ギターのジェフ・パーカー(同左端)もそろい、雪崩を打って曲が展開していく。
3曲を演奏した後、ここからが本領発揮。メンバーがそれぞれ立ち位置を変え、担当楽器を持ち替えて演奏が始まった。マッケンタイアがヴィブラフォン(鉄琴)をたたけば、ドラムセットにはビットニー、ヘーンドンが入れ代わり立ち代わり座る。
マッケンタイアを含めた3人のドラム演奏は三者三様。時には3人中2人が向かい合うツインドラムの演奏となる。歌の無いインストゥルメンタルの曲ばかりだが、リズムや音の響きが万華鏡のように刻々と変化していき、飽きさせない。
いかつい見た目で、職人といった風情の5人。全員が何種もの楽器を操るマルチプレーヤーだ。その特長を生かして、奏者や楽器編成を自在に動かすローテーションシステムは驚異的。だが、奇をてらっているわけではない。
「同じ曲でもドラマーが変われば全く違った演奏になる。言ってみれば各楽器に固有の『声』を持たせるということだ」とマッケンタイアは説明する。この持ち替えは録音でも同様。「セッションしているうちに必ずと言っていいほど最初とは全く違ったものになる」とマッカムは明かす。「曲を書いたメンバーが完成形をイメージしていたとしても、奏者が入れ替われば、その意図からは離れていく。完成形が無いのが僕らの演奏なんだ」とマッカム。
ロックには印象的なリフ(反復フレーズ)や、派手なギター、ドラムなどのソロ演奏が付きもの。5人ともジャズや他のロックバンドなどで活動する手だれだが、個人技を見せつけるようなソロはない。「難しいことをやるんじゃなく、簡単に面白い表現ができればその方がいい」とマッケンタイアはあっけらかんとしている。
テーマ―ソロ―テーマという構成の常道を排し、集団として音楽を送り出す。マッカムは「他のバンドでは即興もやるけれど、トータスは個人が突出するんじゃなくアンサンブルとしての意識が強いんだ」と強調する。
ボーカリストやギタリストら、スターが派手な演奏やビジュアルを競い、強烈な個性をふりまく。そんなロックの常とう、記名性を覆したという点でも「脱ロック」にふさわしい。
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シカゴが育む革新性
「ポストロック」といわれるジャンルが脚光を浴びたのは90年代後半。トータス、当時シカゴが拠点で現在は日本に移り住んだジム・オルーク、オルークが参加したバンド、ガスター・デル・ソルなどが「シカゴ音響派」と呼ばれ、けん引役となる。その人脈は互いに結びつき、斬新で実験的な音楽を続々生み出した。
トータスのパーカーはジャズ畑出身のプレーヤーだ。シカゴには60年代からアート・アンサンブル・オブ・シカゴ、音楽団体AACMといった前衛ジャズのミュージシャンが集まっており、ニューヨークやロサンゼルスとは一線を画す音楽性を育んできた。
マッカムは地元の音楽シーンを「パンクやソウル、ブルースも盛ん。ミュージシャンは互いにインスピレーションを与え合っている」と表現する。米国北中部から発したロックの革新が欧州や日本まで広がった背景には豊かな音楽性の蓄積があった。7月下旬に開かれるフジロックフェスティバルで再来日する。
(大阪・文化担当 多田明)
[日本経済新聞夕刊2016年5月18日付]
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