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フー・ゲッツ・ホワット アルビン・E・ロス著 マッチング理論で社会制度に示唆

2016/5/15付 日本経済新聞 朝刊

末期腎不全の患者のために、自分の腎臓の片方をあげたいドナーがいる。だがそのドナーと患者は免疫などの相性が悪く、移植ができない。これは医学的には不適合だが、経済学的には需給の不一致である。ドナーが供給する腎臓を、患者が需要しない。需給を一致させるには、ドナーと患者のペアたちを、適合するよう組み替えればよいのだ。これを腎移植マッチングという。

(櫻井祐子訳、日本経済新聞出版社・2000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

その定式化を行い、数学的に解き、実際に制度を作ったのが本書の著者だ。2012年のノーベル経済学賞に輝いた。著者の活躍は多岐にわたり、研修医と病院を組み合わせる研修医マッチング、学生と公立学校を組み合わせる学校選択マッチングなどを生み出した。本書ではマッチングの理論と実践を平易に解説している。

マッチング理論は、金銭取引に適さないものの組み合わせを決めるのに、とりわけ有効だ。腎臓、学校の入学資格、職場の内定は、その好例である。近い将来、米国には彼が設計した学校選択マッチングを経て進学し、研修医マッチングを経て移植医になり、腎移植マッチングで手術する人が現れるだろう。

著者が実務家として細心の注意を払い、研究者として深い関心を寄せるのは「不快感」だ。腎臓でいうと、その金銭取引は多くの人が不快感を持ち、違法とされている。しかしドナーの交換であれば違法でなく、不快感も持たれにくい。腎移植マッチングは、人々の不快感を刺激しないという社会的な制約のもとで、希少資源の最適配分に挑むのだ。

彼は不快感にもとづく金銭取引の禁止を、よいとも悪いともいわない。ただしメリットとデメリットを勘案せよという。そして安易な禁止によるデメリットに注意を促す。理由の一つは、禁酒法時代にマフィアが繁栄したように、違法化による闇市場の誕生には弊害が大きいというものだ。

何を金銭取引の対象にするのか、しないならば代わりにどう対処するのか。社会制度は天や自然から与えられるものではなく、人間が作るものだ。本書はよりよい社会制度の構築に大きな示唆を与える。

巻末には、彼の弟子で、現在は米スタンフォード大学で同僚の小島武仁氏が解説を寄せている。著者の人柄や普段のエピソードなどが楽しく読め、本文の味わいが一層深まる。題名は『フー・ゲッツ・ホワット』(誰が何を得るか)だが、誰もがこの本を得るべきだ、と言ってしまいたい。

(慶応大学教授 坂井 豊貴)

[日本経済新聞朝刊2016年5月15日付]

Who Gets What(フー・ゲッツ・ホワット) ―マッチメイキングとマーケットデザインの新しい経済学

著者 : アルビン・E・ロス
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 2,160円 (税込み)

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