妖怪と人間、個性豊かに描く 作家・畠中恵さん
漫画家から転身、時代物息長く
江戸有数の大店(おおだな)「廻船(かいせん)問屋長崎屋」の病弱な若だんな「一太郎」が妖怪たちの協力を得て、様々な事件の解決に取り組む。ちょっと不思議な時代ミステリー「しゃばけ」(新潮社)で2001年、日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞して作家デビューした。
同作はシリーズ化され、昨年刊行の第14弾「なりたい」で「外伝」なども合わせた単行本・文庫の発行部数は700万部を突破。今年4月には優れたシリーズ作品に与えられる第1回吉川英治文庫賞を受賞した。
「『しゃばけ』は4カ月で書き上げ、締め切りぎりぎりに投稿した作品。入賞は難しいだろうが、めげずに書いていこうと思っていたので、最終候補に入ったという電話をいただいたときは驚いた。そのデビュー作のシリーズが(吉川文庫賞という形で)認められてうれしい」と話す。
作家デビューは42歳。その前は漫画家をしていた。「漫画の新人賞に投稿してはすべっての繰り返しでしたが、20歳代後半で何とか佳作に選ばれ漫画誌の仕事を得た」。しかし、漫画だけでは食べていけず、イラストも描くようになる。
そこで「自分がやりたかったのはお話を作ること」と気づき、作家の都筑道夫の創作講座に通う。「先生は言葉を選ぶときに徹底的に考える。プロの厳しさを知った」と振り返る。学び始めて7年ほどが過ぎ、提出した短編が初めてほめられた。8年目に書いたのが「しゃばけ」だった。
「講座では現代物ばかり書いていたので、『しゃばけ』は初めての時代小説。先生の『なめくじ長屋捕物さわぎ』シリーズのような仲間が出てくる物語が書きたかった。その仲間を人間ではない者にしました。あんどんしかなかった江戸時代、妖(あやかし)なんていないと思う人はいなかったのでは」
若だんなを大切に思うあまり、時に過激な行動をとる店の手代、「佐助」と「仁吉(にきち)」は実は犬神、白沢(はくたく)という妖だし、家中できしむような音をたてる小鬼「鳴家(やなり)」といった愛らしい妖も登場する。一方、ささいな不調でも寝込んでしまう一太郎、その親友で菓子屋の跡取り息子ながら、あんこ作りの下手な「栄吉」ら、人間たちも個性豊かだ。
「若だんなに現代の若者と同じような暮らしをさせるとしたら、大店の御曹司になる。それでは恵まれすぎているので体を弱い設定にしようと。誰の人生も良いことばかりじゃないし、悪いことばかりでもない」
執筆に当たってはできるだけ多くの史料に当たる一方で、そこで得た知識を詰め込みすぎないようにしている。「面白いエピソードを知るとすぐ使いたくなってしまうが、読みやすさを考えたら抑えなくてはいけない」と考えている。散歩とダンベル体操で体力をつけ、「自分が納得するまで作品を直す気力を奮い立たせている」という。
現在、一太郎と仁吉、佐助の出会いを描いた「あいしょう」などの短編を雑誌「小説新潮」に連載中。今夏には第15弾として単行本化される予定だ。物語はどこまで続くのか。「『サザエさん』のように長く続いているものが好き。でも全く変わらないわけではなく、ゆっくり話は動いています」と話す。
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美術・工芸への関心 高く
芸術短大のビジュアルデザインコース・イラスト科出身で、漫画やイラストの仕事をしていた経験もあるだけに美術・工芸への関心は高い。展覧会に足を運ぶほか、ガラス製の酒器を集めている。「普段は飾っているだけですが、新刊が出たときにはお酒を注いで飲んでいます」と笑う。
小説の挿絵も大事にする。2007年、母校のトークイベントで「(イラストは)本を買ってもらう強い吸引力になって欲しい存在です」と語った様子が「しゃばけ読本」で紹介されている。作品がテレビドラマ化や漫画化されると「こういう風に表現するのかといつも驚く」と述べ、刺激を受けていると明かす。
「しゃばけ」シリーズでは第5弾「うそうそ」から単行本と文庫の発売ごとに、柴田ゆうさんの「鳴家(やなり)」などの挿絵を使った読者プレゼントを設けている。風呂敷、日傘、ポチ袋など江戸を意識した小物で、どういったものにするか、積極的にアイデアを出しているという。
(編集委員 中野稔)
[日本経済新聞夕刊2016年5月11日付]
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