伊勢原・大山の豆腐 参拝のお供に
煮て、揚げて、味わい自在
大山の豆腐は江戸時代から親しまれる神奈川県伊勢原市の名産だ。丹沢山系の良質な水は豆腐作りに最適。山頂の神社へと続く参道に立ち並ぶ料理店では、先付けからデザートまで豆腐づくしの料理が味わえる。煮ても、揚げても、そのままでも。どんな調理法を採ってもきれいに染まるその様は、花嫁の白無垢(むく)を思わせる。今も昔も人々をひきつける大山の豆腐の魅力を探った。
富士や伊勢に行くより近く江戸から2~3日。そんな手軽さから庶民に人気を博したのが古くから信仰の対象だった大山への参拝「大山詣り(まいり)」だ。一説によると、参拝客が宿坊などにお金の代わりに大豆を渡していたことから豆腐づくりが盛んになった。
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当時は「そのまま食べるのが一番」とやっこが主流で、現在のように豆腐のフルコースを提供するようになったのは約40年前から。江戸初期創業の宿坊だった「和仲荘」の代表、和田ひろみさん(78)が「せっかくのおいしい豆腐。いろんな味わいを楽しんでほしい」と始めたという。
コースは3種類。最も品数の多い7品のコースを注文した。「お出しするのは懐石ではなく家庭料理です」と和田さん。育児や宿坊の仕事をこなし、旅先で食べた豆腐料理や客の反応を見ながら改良を続けてきたという料理は、味にも心遣いにもぬくもりを感じる。
まず提供されるのが砕いた豆腐を寒天で固めた甘味と温かい緑茶。いきなりの甘味の登場に面食らうが、「山を登ってきたお客さんにまずは一息ついてもらいたい」との思いからだ。
コースは山かけ豆腐で幕を開ける。まず何もつけず豆腐だけでいただく。箸ですくっても崩れにくく、しっかりしているが、口に入れるとなめらかな舌触り。「絹ごしの食感と木綿の弾力を併せ持つのが大山の豆腐の特徴」と和田さん。塩分で豆腐の味を殺さないように、しょうゆはかつおぶしと水を入れて一旦沸騰させたものを使っている。
高齢者に「懐かしい」と喜ばれるのが擬製豆腐。卵をつなぎに豆腐と刻んだニンジンなどを混ぜて焼いた「卵焼きもどき」だ。卵が高級品だった頃の料理で色も食感も似ている。子供も楽しめるよう加えた豆腐グラタンは、さいの目状の豆腐にホワイトソースをかけてオーブンで焼く。柔らかいマカロニグラタンのような優しい味わいがした。
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明治15年(1882年)創業の小出とうふ店は和仲荘をはじめ、大山の多くの料理店に豆腐を卸す。大山のわき水を使い、しっかりとした食感が特徴。4月下旬、豆腐作りが始まる午前3時に4代目社長の加藤貴克さん(53)を訪ねると「日中は天気がよくないので少なめに作ります」とのこと。大山の観光客数は天気の影響が大きいからだ。
大豆の産地や季節によっても微妙な調整が必要。この日はカナダ産で「寒い土地で育った大豆は水が染み込むのに時間がかかる」と長めに水につけたという。大豆をすって汁状にし、煮て、こすと豆乳のできあがり。木箱ににがりと豆乳を入れ、表面をすっとなでて「豆腐作りの大敵」の泡を消す。固まったところでわき水をためた水槽に解き放つ。つけおくことで渋みが消えて味が調い完成する。
代々続く製法を守ってきたという加藤さん。「大豆の状態を見極め、一連の作業を流れるようにこなすのがコツ」。お薦めの食べ方を尋ねると「マーボー豆腐」と返ってきた。「うちの豆腐は調理しても崩れにくいからおいしいですよ」
中高年が多い客層の中にも外国人や若者が目立つなど、大山の観光事情は変わりつつある。もっと気軽に楽しんでもらおうと小田急電鉄は様々な豆腐料理を食べ歩くキャンペーンを春限定で企画。そば粉と豆乳のガレットやレアチーズ風豆腐ケーキなども人気だ。
江戸時代創業の「とうふ処小川家」では普段から豆腐を使ったスイーツが食べられる。豆腐と生クリームなどから作る豆腐アイスに、ブルーベリーソースをかけた豆乳のヨーグルトムース。どちらも豆腐の味わいがしっかりしている。
進化を続ける大山の豆腐料理。将来は豆腐スイーツを食べに大山へとのスタイルが広がるかもしれない。
大山では毎年春に豆腐に関連したイベントが開かれる。3月開催の「大山とうふまつり」は今年で26回目。直径4メートルの大鍋で1000人分の湯豆腐を無料で振る舞う「仙人鍋」や、90秒間に食べられる豆腐の数を競う早食い大会など様々な催しが開かれる。
小田急電鉄が2年前から手掛ける「大山とうふ味めぐりキャンペーン」は500円で様々な豆腐料理が食べられる。今年は3~4月に12店が参加し、約5000食を販売した。大山は4月に日本遺産に認定されたばかり。イベントの注目度も高まりそうだ。
(横浜支局 杉垣裕子)
[日本経済新聞夕刊2016年5月10日付]
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