歩行リハビリ ロボがお助け
映像・音で誘導、練習量10倍に
熊本県を中心に相次いだ地震。4月16日の「本震」で震度6弱に見舞われた大分県由布市の湯布院病院は一時断水したが、ほぼ通常通りの運営を続けている。
ここに入院する同県宇佐市の栗林二子さん(82)は昨年末、脳卒中で倒れ、右側の手足に重いまひが残った。3月以降、リハビリテーション室で歩行用運動器のベルトの上をゆっくり歩く訓練を積む。右足の膝から下に装着するのが、トヨタ自動車と藤田保健衛生大学(愛知県豊明市)が共同開発した歩行練習アシスト「GEAR」だ。
GEARは足底にかかる荷重の変化を感知して歩行状態を判定し、モーターを動かして膝の曲げ伸ばしを助ける。目の前に設置されたモニターに正面や横から見た画像が映し出され、歩く姿を確認。踏み出すべき足の位置も表示され、まひした足に重心がかかるとチャイムが鳴る。音でも歩行状態を判断できる。
栗林さんの練習は週6日前後に及ぶ。開始直後は介助がなければ、車椅子から立ち上がれなかった。ただ訓練が35回を数えたころ、介助者の見守りは必要なものの、一人で立ち上がれるように。つえをついて歩けるようにもなった。「完全に自分一人で歩けるようになりたい」と意気込む。
同院の宮崎吉孝・内科部長は「歩行能力の少し上の目標を設定して歩いてもらうのがポイント」と話す。
同院でGEARを使って1日40分、週6日訓練したグループは6割が自分で歩けるようになった。一方、太ももの付け根から下を覆うように装着する「長下肢装具」でリハビリしたグループは4割弱にとどまった。自立歩行できるようになるまでの期間はロボットを使った人は平均67日。従来型の半分程度という。
同院リハビリテーション科の理学療法士、佐藤周平主任は「歩行支援ロボットを使えば、1週間で2千メートルと従来の10倍の練習量をこなせる」と話す。
2014年10月に「ロボットリハビリテーション外来」を開設した佐賀大学付属病院(佐賀市)。装着型ロボットスーツ「HAL」など9種類のロボットが、臨床的研究として手足のまひ改善に使われている。
同市在住の山崎勝利さん(68)は08年11月、脊髄梗塞で下半身が完全まひの状態になった。昨年1月には同病院でHALを使って歩く練習を始めた。
HALは患者が足を動かそうとしたときに脳から出る電気信号を太ももに張った電極で拾ってモーターを動かし、歩行を支援する。佐賀大が片側にまひが残った人を対象に歩行訓練したところ、歩行速度が2割ほど改善している。
ただ山崎さんは完全まひのため、太ももの電気信号がほとんど検出できなかった。昨年11月には台湾の工業技術研究院が臨床応用に向けて開発した起立歩行支援ロボット「ITRI-EXO」に切り替えた。
ITRIは特殊なつえに内蔵されたボタンを押すと、体に装着したロボットが立たせたり歩かせたり、座らせたりする動作を補助する。装着した状態でなら数歩は歩くことができる山崎さんは「自分で立てるだけでもうれしい」と話す。
佐賀大の浅見豊子診療教授は「ずっと車椅子に座ったままでは骨粗しょう症などになりやすい。ロボットで立ち上がることなどができれば(心身の機能が低下する)廃用症候群の予防につながり、介護者の負担も減る」と指摘する。
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全国で導入広がる 医療機器認定は一部
歩行支援ロボットで医療機器として治療効果が認められているのは、筑波大学発ベンチャーのサイバーダインの「HAL医療用」のみ。適用は神経・筋疾患の難病に限られ、患者が多い脳卒中や脊髄損傷などは臨床研究段階で効果はうたえない。
こうした中でも歩行訓練に生かそうと介護・医療施設で導入が進む。トヨタ自動車の「GEAR」は全国22施設で、訓練用の「HAL福祉用」は約200施設で使われている。
サイバーダインは直営の訓練センターを全国3カ所で運営している。神奈川県藤沢市の「湘南ロボケアセンター」(神奈川県藤沢市)に通う同市の宮原邦浩さん(47)は、2年前の交通事故で脊髄損傷になった。両側の手足に重いまひが残り、1年前の訓練開始時は介助無しでは車椅子から立てなかったが、今は自力でできるようになった。
ただ医療保険はきかない。料金は90分の訓練が20回分で36万円かかる。このため藤沢市や茅ケ崎市など地元自治体は助成制度を設けて支援している。
(西山彰彦)
[日本経済新聞朝刊2016年5月1日付]
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