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切断工程にレーザー切断技術を導入した(手前左から)長谷川、吉田、鈴木の各氏ら(ホンダ寄居工場)

切断工程にレーザー切断技術を導入した(手前左から)長谷川、吉田、鈴木の各氏ら(ホンダ寄居工場)

ホンダは金型の代わりにレーザーで鋼板から車体部品を切り出す技術を開発し、世界で初めて工場に導入した。「大量生産でコストを下げるというクルマ製造の常識を変えたい」。出発点となった1人の技術者の情熱が開発や製造現場に波及。「できない」という声を突き崩し、実用化の道を切り開いた。

寄居工場(埼玉県寄居町)では見上げるような高さの装置からひっきりなしに切断された鋼板が送り出される。ホンダが2015年10月、本格稼働させたレーザー切断機はレーザーを照射して鋼板から車体部品を切り出す。主力小型車「フィット」「ヴェゼル」の天井やドアに使われる。

100年の技術改革

レーザー切断機の導入の意義は世界初ということだけではない。自動車の大量生産が始まって100年以上、車体部品製造には金型で打ち抜く方法が用いられてきた。1日に数万枚を切り出す製造現場では品質、コスト両面で最適だからだ。ただ、金型の開発や製造コストは1車種あたり数千万円かかる。レーザー切断にすれば設備の初期投資が減り、少量生産の新型車でも採算が合う。

「大量生産に縛られている課題もあった」。レーザー切断機の開発を提案したホンダエンジニアリング(ホンダの生産技術開発子会社)の堀出技師は話す。伝統的な常識の技術を覆したのはチームの力だった。

開発のきっかけは8年前。堀氏が欧州で講演会や企業を見て回るうち、ドイツの研究所が発表した高出力レーザー技術が目をひいた。

「クルマの部品切り出しに使えるかも」と思った堀氏はすぐ共同研究を始めた。レーザーを動かすアーム、鋼板を送り込むベルトコンベヤーが必要になると考え、09年に日本側に実動部隊の立ち上げを依頼した。

作り直し7回

アームの開発に抜てきされたのがホンダエンジニアリングの吉田慎技術主任だ。堀氏からの指令は加速度10Gで動くアームの開発だった。「数字を聞いて驚いた」と吉田氏は振り返る。スペースシャトルの最大加速でも3G程度だからだ。

直属の上司から「絶対できない」と否定された。「突拍子もない」。吉田氏自身、そう思いながらも計算を始めた。必要なのは軽さとパワー、耐久性のバランスだった。モーターを大きくすれば10Gを出せるが、重さや耐久性が問題になる。完成までに7回作り直した。初めて鋼板を切ったのは11年秋。「丸が2つの簡単な形だったがうれしかった」(吉田氏)

製造現場では新技術導入を巡って議論が続いていた。製造サイドで旗振り役となったのが狭山工場(埼玉県狭山市)の長谷川清一技師と寄居工場の河野丈洋工場長だ。

ホンダエンジニアリングの堀出技師が講演会でレーザー切断装置の原案(左)を思いついた

ホンダエンジニアリングの堀出技師が講演会でレーザー切断装置の原案(左)を思いついた

論点は稼働を控える寄居工場にレーザー切断機を入れるかどうか。「新技術を日本から海外に発信する拠点にしたい」。河野工場長はレーザー切断機が完成した時点で導入し、当初は狭山工場から調達する案を出した。

「(レーザー切断機が)できなかったらどうするんだ」と反対の声も多かった。長谷川氏は「新技術という芽を大きな幹に育てるのが仕事。苦労すると思ったが、導入で押し切った」と振り返る。

12年9月。連続で部品を切り出すメドがつき、狭山工場に試作機を据えた。だが問題が起こった。

「9割が使えない」。切り出した50枚を成型工程にかけた後、品質検査担当者はこう言った。「まさか」と吉田氏が手に取ってみると、板の表面に小さな凹凸ができている。ゴミがついたまま成型した時の不具合だ。

「こんな不具合が起きたことはなかったのに」。堀氏と吉田氏は頭を抱えた。調べてみると、連続加工で鉄粉が舞い、直径約30ミクロンの無数の玉になって表面に付着していた。線香を持って装置の中に入って空気の流れを調べ、鉄粉が降り注がない方法を編み出した。「鉄粉にまみれながら原因を探った」と吉田氏は笑う。

15年4月、約束の期日ぎりぎりになって寄居工場への導入を果たした。今では同工場の大型車体部品の全てを切り出す。

成熟感の強い自動車の技術でも、堀氏は「まだまだ変革の余地がある」と強調する。長谷川氏もまた「寄居を技術進化の実験場にしてほしい」と意気込む。常識にとらわれないチームこそが新しいモノを生み出し続ける。

(香月夏子)

[日経産業新聞2016年4月27日付]

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