道元ゆかり 福井の精進料理
膳に満ちる 禅の神髄
福井県には禅の教えに基づく精進料理が息づく。鎌倉時代、道元が開いた曹洞宗大本山の永平寺(永平寺町)では、修行僧がつくった多彩な料理を味わうことができる。野菜中心の食材を使い切り生み出される料理の神髄を体験してみた。
JR福井駅からバスで約30分。緑に囲まれた永平寺の門前に到着する。精進料理は主に宿泊する参籠者向けだが、予約すれば日帰りの参拝者も体験できる。案内された部屋には2つのお膳に10の器が並んでいた。
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ご飯や吸い物、ごま豆腐や昆布をまいた蛇腹昆布、煮物、果物など盛りだくさん。質素な修行僧の普段の食事と全く異なる。客をもてなす「戒号(かいごう)」と呼ばれる食事だ。寺の厨房にあたる大庫院(だいくいん)で修行僧を指導する典座(てんぞ)の三好良久さん(68)が「味はどうか分かりませんが、全て修行僧が一生懸命につくったものです」と紹介する。
若い修行僧の先導で、まず「五観の偈(ごかんのげ)」というお唱えをする。食事ができることに感謝したり、自分を見つめ直したりする内容だ。その後は自由に食事をいただく。
名物のごま豆腐。下には味噌が入っている。「始めはそのまま、その後、味噌を付けて味わうと、2度おいしいです」と三好さん。確かに最初はごまの風味、次に味噌と和んだまろやかさが口の中に広がる。
同様に名物の蛇腹昆布は見た目が面白い。道元が南宋から日本に帰国時、ごま油で昆布を揚げた話に基づく。ほおばると、ぱりぱりという食感も楽しめた。
ダイコンの漬物はあっさりして、ご飯が進む。修行僧が漬けたもので、食べる日に切って提供する。かんでも、音がしないのはそれだけ細く切るためだ。
三好さんは「永平寺は凝った料理はつくりません。見て、食べて分かる料理です」と話す。修行僧の手によって野菜を中心とした素材が目で楽しみ、バランスの取れた多彩な料理に生まれ変わっていく。
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煮る、焼く、蒸すなどの調理法を組み合わせるだけではない。野菜の芯や皮、根などは捨てず、別の一品に仕立てたり、袋に詰めダシを取ったりする努力が大きい。昆布加工品や味噌など県内企業も味を支える。
食文化研究家の向笠千恵子さんは「禅宗では食事を『つくる』『食べる』ことも大切な修行。とりわけ曹洞宗は道元が食事を大切にしました。福井の精進料理は永平寺から始まったといってもいい」と話す。永平寺の料理は「味がピュア。食材自身の持ち味に気付かされる」と高く評価する。
永平寺への参拝者がよく立ち寄るのが、創業1888年、ごま豆腐の團助(だんすけ)だ。昭和に入り全国から参拝客が増えると「永平寺らしい食でもてなしたい」という地元の声が強まっていった。戦後、修行僧から学んだ方法でつくり始め、名物になった。
製造蔵の隣にある直営店で、生ごま豆腐を味わう。できたてで、成形後、再加熱していない。添えてある小豆をつけると優しい甘みが口の中に広がり、穏やかな気持ちになった。社長の山本慶治さん(50)は「外気温に敏感な商品です。外気温が低くなると硬くなろうとし、高くなると緩くなる。過去の経験を基に水加減や火加減などを調整している」と話してくれた。
別の日、福井市郊外にある臨済宗の大安禅寺に行った。1658年、第4代福井藩主、松平光通公が越前松平家の永代菩提所として建立した寺だ。予約制で精進料理を提供している。
2つのお膳に多くの器が並び、ふのからし味噌あえ、越前そばなど福井らしい食材が目立つ。「一つの素材でも無駄にせず、しっかり使い切っていく。地産地消も意識している」と副住職の高橋玄峰さん(33)。母親が約30年前に提供を始め、現在は指導を受けた近くの仕出し店がつくる。
高橋さんは京都の寺での修行時代、畑のキュウリで酢の物をつくるため、へたを取り除いて捨てようとした。それを見た先輩から「へたもいただくもの。食べやすくするのが修行」と叱責を受けた。多彩な精進料理は食材を使い切る、作り手の工夫が大きいようだ。
道元が寺を開いてから約七百七十年。「福井には、じわじわと『食こそ"いのち"なり』の考えが広まっていった」(向笠さん)歴史を体感できた。
「食は修行の一つ」と考えた道元は調理の心構えとして「典座教訓」を残した。食材を大切にするほか、心を込めて調理をすれば苦、酸、甘、辛、鹹(かん)、淡の6つの味が備わるとした。
永平寺の精進料理について、天谷調理製菓専門学校(永平寺町)を運営する学校法人天谷学園の天谷祥子理事長は「日本料理の原点」とみる。寺の協力でダイコンの皮サラダなど料理を学校で教えている。天谷さんは「素材を使い切り、巧みに調理するのがすばらしい」としている。
(福井支局長 石黒和宏)
[日本経済新聞夕刊2016年4月26日付]
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