フューチャー・クライム マーク・グッドマン著
先進的サイバー犯罪に対策提言
本書は、サイバー犯罪などサイバー空間の影の部分に関する警告を発するとともに対処法を提言し、米国ではベストセラーになったという。著者は、元警官にして米連邦捜査局の客員未来学者や国際刑事警察機構のアドバイザーなどを歴任したサイバー犯罪の専門家。自らの経験に基づく知見をベースに、数多くの文献やニュース記事などを参照しながら、サイバー犯罪がもたらす危険を具体的な犯罪事例とともに述べている。
銀行口座のハッキングや知的財産の窃盗、SNSにおける成り済まし、プライバシー侵害のようなこれまで起きていたさまざまな事例がまず紹介される。これらの大部分が既に日本でも起きている。例えば、警察庁の集計によると、インターネットバンキングの口座から現金が勝手に引き出される不正送金の被害額が2015年には30億7300万円に上り、3年連続で最悪を更新しているという。
制御システムや各種のIoT(モノのインターネット)にもハッキングの範囲は拡大している。今日のサイバー犯罪のはるか先を行く事例もある。悪用されるのは、ロボット工学や、仮想現実、人工知能、3Dプリンタ、合成生物学などだ。サイバー犯罪の指数関数的な拡大を考えるなら、これらの動向も今から注目しておくべきだろう。
不正者であるハッカーの目的も初期の「笑(ラルズ)」を求めるものから、金儲(もう)けや情報の獲得、さらには権力の追求へと移っている。ハッカーというと少年のイメージがあるが、不正者の組織化により組織サイバー犯罪者の40%以上は35歳超だという。また、先進的サイバー犯罪組織には、最高経営責任者や最高情報責任者だけでなく、研究開発部門やコンピュータウイルスの品質保証を担う部門もあるという衝撃的な事実も紹介される。
サイバー犯罪への対策としては、パスワードの安全な運用がよく知られている。こうした手法以外に、本書では、ゲームの要素を取り入れることで、より多くの人々がソフトウエアの脆弱性を進んで発見するようになる仕組みの導入を提言するなど、傾聴に値する点も多い。
約600ページの大著で気軽に斜め読みできるものではないが、本書はサイバー空間を安全にわたっていくうえで重要な点を数多く指摘している。セキュリティの専門家やITシステムに携わる人だけでなく、企業経営者や多くのビジネスマンにもぜひ読んでもらいたい力作である。
(東京電機大学教授 佐々木 良一)
[日本経済新聞朝刊2016年4月24日付]
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