美術館発 アートツアーに出かけよう
解説付きで文化再発見
心地よい秋晴れのある日。東京都世田谷区の世田谷美術館が開く街歩きの鑑賞ツアー「萬(よろず)KENBUN録」に約30人が集まった。約8割が女性で、皆スニーカーやパンツ姿の軽装。この日は同館学芸員の高橋直裕さんを案内役に、日本のステンドグラス制作の先駆者、小川三知の代表作を巡る。
まず訪れたのは東京駅近くの日本工業倶楽部会館。「この建物は普段、会員しか入れません。今日は特別に見学を許された貴重な機会ですよ」。参加者たちは高橋さんの言葉にうなずきながら、大正時代に作られた館内のステンドグラスに目を凝らす。豪華な内装のホールから、駅を間近に見るバルコニーに出ると「こんな所まで入れるなんて!」と感嘆の声が上がった。
その後、地下鉄に乗り淡路町駅(千代田区)で下車。上野公園近くにある次の目的地まで、万世橋や湯島聖堂、神田明神などを巡りながら1時間以上かけて徒歩で移動。「三知が生きた時代の建造物が所々に見られるでしょう」と高橋さん。参加した主婦の木次由希さんは「街の古い建物を見るのが好き。ツアーでは学芸員さんの話も聞けて面白い」と歩きながら熱心に写真を撮る。
最終目的地の鳩山会館(文京区)まで、休憩や電車移動を合わせ約4時間半のコース。単なる街歩きと違ってテーマのある鑑賞ツアーは「街に散らばった作品を自分の足で見に行く1つの展覧会です」と高橋さんは言う。
毎回テーマも行き先も変わるこのツアーは、20年以上も前から続く人気企画。建築の公開講座を担当した高橋さんが「建築は周辺環境を含めて観察するもの」と考えて現地見学を始めたのがきっかけだ。今では銭湯建築の鑑賞に体験入浴を付けたツアーや、自然の中でアーティストと作品を作る宿泊付きのワークショップも開く。アート好きや建築好きに限らず「変わった物を発見するのが好きなら誰でも楽しめます」(高橋さん)
体験や交流も楽しむ
青森県の十和田市現代美術館は今年、美術館発着の日帰りバスツアー「アートな旅」を企画。7~11月まで全6回、毎回テーマを変え、同館周辺の施設や奥入瀬の大自然を巡る。同館広報によれば「個人では行きづらい場所をバスで巡れる、と県内からの参加者が多い」。
案内人は現代アーティストや写真家、ダンサー、学芸員など多彩な顔ぶれ。例えば写真家のツアーでは山の中で撮影体験をしたり、若手ダンサーのツアーでは行く先々で予期せぬダンスパフォーマンスが始まったり、と鑑賞にとどまらない体験がメーンだ。また、地元ホテルの人気ランチやアーティスト制作のマグカップのお土産、温泉入浴などの「お楽しみ」にも工夫が凝らされる。「今や美術館は人を集めるだけでなく、外に出て新しい体験を提供することが求められる」と同館広報は話す。
2007年から毎年「アートの旅」を特集する情報誌「オズマガジン」の編集部デスクは「近年、美術館の外で開かれる芸術祭が増え、アートそのものが『見る』より『体験する』ものになってきた」とアートツアーに人気が集まる背景を読み解く。また、学芸員や作家ら専門家の話をじかに聞けることで「参加後は新しい知識を得られた、と実感できるのが美術館ツアーの魅力の1つ」(同デスク)。さらに、同じ興味を持つ参加者同士で気軽に感想を共有できるという楽しみもある。
秋が深まり、美術鑑賞にも散策にもよい季節。個性的なアートの旅に参加してみてはどうだろう。
(柳下朋子)
[日経プラスワン2014年10月25日付]
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