荒神 宮部みゆき著人間の業露わにする怪物騒動

2014/10/20

時代小説は、その内側に、多くのサブ・ジャンルを抱えている。意外なほど、多様性を獲得しているのだ。しかし、このような作品は稀(まれ)であろう。宮部みゆきの最新長編は、なんと時代“怪獣”小説なのである。

(朝日新聞出版・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 陸奥の南端の山間にある永津野藩と香山藩は、関ケ原の戦いの因縁以来、長き反目が続いていた。それは徳川五代将軍綱吉の治世になっても変わらない。いや、永津野藩の藩主側近である曽谷弾正の強硬策により、さらに状況は悪化していた。

 ところがである。永津野藩の国境に近い、香山藩の開拓村が、正体不明の怪物により、一夜にして壊滅した。さらに様子を見に行った藩士たちの多くも、帰ってはこなかった。ある事情から藩主の側室に睨(にら)まれた小姓の小日向直弥は、曲折を経て、やじという従者を案内役に、開拓村を目指すことになる。

 一方、弾正の妹の朱音は、藩政を壟断(ろうだん)する兄の所業に心を痛めながら、国境に近い名賀村で暮らしていた。開拓村の生き残りの蓑吉という少年を助けたことで、怪物の存在を知った朱音。国境の砦(とりで)を心配する彼女は、居候の用心棒・榊田宗栄や絵師の菊地圓秀たちと共に、砦に赴いた。だがそこに怪物が現れ、精鋭たちが次々に殺されていく。やがて怪物の巻き起こす騒動は、ふたつの藩を巻き込み、さまざまな人間の業が露(あら)わにされていくのだった。

 序章で存在を匂わせたものの、しばらく怪物は現れない。その間に作者は、憎み合うふたつの藩が抱える問題と、これに翻弄される人間の姿を、じっくりと書き込んでいく。そして舞台を整えたところで、怪物を登場させるのだ。白日の下に晒(さら)された怪物は、むしろ怪獣と呼ぶべき姿形と能力を持っている。さらに、怪獣と人間の死闘は、すごい迫力。かつての怪獣映画を、夢中になって見た人も満足できる、大アクションが堪能できるのだ。

 それと併走しながら、重厚な人間ドラマも繰り広げられていく。命の危機でありながら、隣藩への憎しみを募らせる者。ただ、己の欲望のみに忠実な者。怪獣を利用しようとする者……。怪獣が触媒となったのか、さまざまな人間の業が浮かび上がってくる。だからこそ、渦巻く人間の業を切り裂く、一筋の気高い魂が、光輝く。それが誰か、何を為(な)すかは、読んでのお楽しみ。本書は怪獣小説であると同時に、人間の業とその救済を活写した、優れた物語になっているのである。

(文芸評論家 細谷 正充)

[日本経済新聞朝刊2014年10月19日付]

荒神

著者:宮部みゆき
出版:朝日新聞出版
価格:1,944円(税込み)

今こそ始める学び特集
今こそ始める学び特集