江戸幕府と儒学者 揖斐高著体制に寄り添う学者の現実主義

2014/9/17

本書の著者揖斐高は、これまで江戸漢詩を中心に人間の詩心に分け入り、人物評を品よく納めているところに著者の人柄が発揮されているという定評があった。

(中公新書・860円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 その著者が、江戸幕府の建設期に儒学思想をもって徳川家康をはじめとする為政者に仕えた林家の三代羅山・鵞峰(がほう)・鳳岡(ほうこう)を取り上げて論じる。それも「林家についての通説的評価には、学問上の『冤罪(えんざい)』の可能性がありはしないだろうか」という雪冤(せつえん)(無実を晴らす)の使命感をもって論じられるのである。面白くないわけがない。

 林家の儒学は朱子学である。中国の宋代に成立し、日本に移入された朱子学は宇宙の森羅万象から国家社会、人倫の日常にいたるまでの包括的な体系性を統一された原理で解釈できる世界観哲学だった。

 江戸時代初期の知識人がほとんど熱狂的に朱子学を受容した理由は主としてこの世界観性にある。この思想をわかりやすく日本化し、仏教ならびにキリスト教(キリシタン)の来世重視の宗教性を排除して、現世主義哲学として普及させたのは、林羅山以下三代の林家の当主たちの功績である。

 その見返りとして、林家は代々、家康のブレイン・秀忠の講書(羅山)、弘文院(こうぶんいん)学士(鵞峰)、大学頭(だいがくのかみ)(鳳岡)という具合に着々と地歩を固め、林大学頭家として幕府教学の総責任者を務める家系となり、その後幕末までずっと、いわば現代の文科省の職務と外交文書の作成に独占的に任じた。

 しかし、政治と学者との関係はいつの世にも決して一筋縄ではゆかない。学者は現実政治の場で、常に正論を吐いてばかりもいられない。地位を保全するために、時には良心に反する発言をすることもあるのではないか。ここにいわゆる「曲学阿世(きょくがくあせい)(学問をねじ曲げ、世におもねる)」の問題が浮上してくる。

 その実例としてよく引き合いに出されるのが「方広寺鐘銘」事件である。慶長十九年(一六一四)、宿敵豊臣秀頼を滅亡させることを生涯最後の大望とした家康は、大坂城攻撃の口実を作るために、秀頼が奉納した方広寺の鐘の銘文に難癖を付ける。ひどい言いがかりだが、その「根拠」とされたのが羅山のこねた理屈だったのである。

 揖斐はこの時の羅山の行動に「『曲学阿世』というレッテル貼り」をする非難を弱め、そこに「現実主義者羅山の姿」を見る。寛容な見方である。これは体制順応派が負わねばならぬ原罪だったとでも言いたげだ。

(文芸評論家 野口 武彦)

[日本経済新聞朝刊2014年9月14日付]

江戸幕府と儒学者 - 林羅山・鵞峰・鳳岡三代の闘い (中公新書)

著者:揖斐 高
出版:中央公論新社
価格:929円(税込み)

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