海を感じる時
世界と向き合う少女の決意
中沢けいが高校在学中に書いた「海を感じる時」が刊行され36年になる。海辺の町の高校を舞台に、年上の男子生徒との性体験を描いた小説は当時大きな話題を呼んだ。荒井晴彦脚本、安藤尋監督によるこの映画は「余白の部分」「女ともだち」など中沢の一連の初期作品をもとに、恵美子(市川由衣)と洋(池松壮亮)の高校から大学にかけての物語に再構成している。
新聞部の部室で授業をサボっていた恵美子にいきなりキスを迫る洋。「あたしのこと好きなの?」「好きじゃないよ。好きじゃないけど、キスがしてみたいんだ」。洋の正直な態度に恵美子はひかれ、体さえ許していく。洋は恵美子を避け、恵美子は追いかける。
そんな回想をする恵美子も今は大学生。2人はそれぞれ東京に住み、動物園でデートしたりしている。親子連れを横目に見ながら「熊をみたい」とせがむ恵美子。洋は恵美子に執着し、恵美子は逃げていく。
立場が逆転した男女の過去と現在が交互に描かれる。恋愛とは身勝手なものだ。それはいつの時代も変わらない。恵美子も洋も自由に生きようとしている。
物語の主調をなすのは自由な生き方を模索する恵美子のいらだちである。無気力で空虚な高校生活、世俗的なモラルを押しつける母親、そして自分を束縛するようになった男……。
そうした周囲の世界に対する少女の異議申し立てがこの映画を貫いている。微温的で因習的で男性中心的な世界。それは1970年代後半という半端な時代の空気を如実に反映する。恵美子の葛藤は時代との葛藤にほかならない。設定を現代に置き換えず、当時のままにしたのには理がある。
同時に、世界と向き合い自分の意思で生きようとする少女の決意の潔さはどんな時代にも変わらずにある。市川由衣の身体はそのことを信じさせてくれる。1時間58分。
★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2014年9月12日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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