修羅走る 関ヶ原 山本兼一著多数の戦国武将の視点重ね活写

2014/9/1

時代小説を上梓(じょうし)していた山本兼一は、今年の2月13日、病により死去した。享年、57。訃報に接し、あまりに早すぎる別れに、しばし呆然(ぼうぜん)としたものである。本書は、その作者が遺(のこ)した長篇(ちょうへん)戦国小説だ。単なる読者という立場であるが、さまざまな想いがこみ上げ、一行一行を慈しむようにして読まずにはいられなかった。

(集英社・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 物語の舞台は、戦国時代の行方を決することになった関ケ原の戦いだ。周知のように関ケ原の戦いは、一日で終わり、石田三成がまとめた西軍が破れ、徳川家康率いる東軍が勝利した。その戦いの全容を作者は、多数の戦国武将の視点を積み重ねることで、鮮やかに活写したのだ。『利休にたずねよ』や『信長死すべし』と共通する手法を使用しているが、これを一日の戦いに凝縮したところに、本書の特徴があるといえよう。

 しかも、これだけ多くの人物を登場させながら、物語の軸がぶれることがない。関ケ原の戦いの勝敗を決した小早川秀秋の裏切りが、後半まで、ストーリーを貫く柱になっているからだ。秀秋の侍大将をしている松野主馬が、主君の裏切りを三成に注進する冒頭から、多数の視点を通じて、秀秋の動向が描かれるのである。

 さらに物語の中で強い印象を残す、ふたりの人物も、秀秋の裏切りと密接な関係がある。先に名前の出た主馬は、主君に直言してまで、裏切りを止めさせようとするのだ。また、三成に仕える土肥市太郎は、裏切りの件を確認し、事実だったときは秀秋を殺すように命じられ、松尾山を目指す。彼らの行動原理は“義”であり、それゆえに裏切りを認めることができない。秀秋の裏切りが醜悪であるほど、これを押しとどめようとした、ふたりの“義”の心が輝くのである。

 もちろん関ケ原の戦いは“義”だけで動くわけではない。友情や利得、野望や諦念など、多数の人物が、別々の想いを抱いて、戦場に立った。それが否応(いやおう)なく噛(か)み合い、戦が加速していく。しかも刃を交えるメンバーが豪華だ。島左近は後藤又兵衛と、明石全登は可児才蔵と斬り合う。おまけに全登と才蔵の戦いに乱入してくるのが、宮本武蔵だというのだから堪らない。

 戦国小説ファンにはお馴染(なじ)みの男たちが繰り広げる、興趣に富んだ戦場の描写も、本書の読みどころになっているのだ。そして本を閉じた後、命の限りを尽して戦った武将に、小説を書き続けて逝った作者の姿が重なるのである。

(文芸評論家 細谷 正充)

[日本経済新聞朝刊2014年8月31日付]

修羅走る 関ヶ原

著者:山本 兼一
出版:集英社
価格:1,944円(税込み)

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