月の裏側 クロード・レヴィ=ストロース著闊達で大胆な日本文化試論

2014/8/19

C・レヴィ=ストロースが101歳となる直前に世を去って、もうじき5年になる。不世出の文化人類学(民族学)者としての彼の仕事は、すでに十分に日本語になっているし、日本人の手になるそれらについての評論、解説書は、彼の死後のものだけでも、おびただしい数になる。レヴィ=ストロースと日本、および日本人研究者との間で長く続いてきた親和的な関係は、このことだけでもはっきりしていよう。

(川田順造訳、中央公論新社・2000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 本書はそうした親和性の奥行きを、論理的にも情感的にも、まとまりをもって語ってくれる得がたい一冊である。著者自身の所論から直接それが分かるだけでなく、訳者が随所に付したしばしば批判的でもある注や解説によって、その効果は一層高められている。その意味では、日本人として最も深く著者と交わってきた川田氏は、ここでは訳者である以上に共著者あるいは編著者の役を担っている。だが表紙には、おそらくあえてだろうが、それを記していない。

 そうした川田氏の役どころを如実に示すものとして、巻尾に著者と訳者の対話が置かれている。テレビで放映された対話番組から日本に関する部分を文字化したものだが、巻頭の「世界における日本文化の位置」とともに、レヴィ=ストロースが日本に見出(みいだ)した良きもののエッセンスが語られている。

 自然と科学技術の調和、および美の伝統と現代性といった、それ自体としては独特な主題ではない。だが著者は、「月の裏側」という比喩が表すように、西欧からは見えることのなかった、さまざまな点で彼らの文化とはあべこべの様相を見せる日本文化という対象が、まさしく逆転という比較を可能にするという点で、実は西欧のそれと同一の論理平面上に位置すると指摘する。これこそ著者に特有の視角であり、すぐれて構造論的な思考である。

 他の7つの文章は、音楽と絵画、神話と儀礼を軸として、日本文化の諸要素について闊達で大胆な試論を展開しており、気軽に読むと案外面白い。オオクニヌシの出雲神話になぜ「因幡の白兎」が挿入されているのかとか、アメノウズメの卑猥(ひわい)な踊りがいかに古代エジプトの太陽神の閉じこもり神話と対応するのかといった議論は、著者の思考法を手に取るように見せてくれていて、構造主義とは無縁の読者でも存分に楽しめよう。評者個人としては「人類学者の職務は過去にある」という最後の言葉にいたく共鳴したのだが。

(放送大学教授 内堀 基光)

[日本経済新聞朝刊2014年8月17日付]

月の裏側 (日本文化への視角)

著者:クロード・レヴィ=ストロース
出版:中央公論新社
価格:2,160円(税込み)