内膜が傷つき穴が開く理由は明確になっていないが、多くは高血圧が関係していると専門家はみている。「血管の内圧が高くなると、それに比例して内膜が引き裂かれる力が大きくなってしまうと考えられる」(井元教授)
血管の壁が弱くなる病気も、大動脈解離の発症に関係しているようだ。代表的なのが遺伝が関係するマルファン症候群やロイス・ディーツ症候群などだ。東京慈恵会医科大学の大木隆生教授は「家族や親戚に解離を含む大動脈に関する病気を患った人がいたら、注意した方がよい」と指摘する。本人が高血圧なら特に気をつけたい。
大動脈解離は治療しないと高い確率で亡くなるので、すぐに対処する必要がある。手術で解離した大動脈を人工血管に置き換えるのが一般的だ。最近はステントグラフトという器具を使った血管内治療も実施されるようになっている。足の付け根の動脈からカテーテルを入れ、患部で血管を補う。患者の負担も少ない。胸や腹を開く手術では難しくても、この方法で治療できる場合があるという。
東京都内に住む会社員の男性Aさん(55)は20年ほど高血圧に悩まされ、降圧剤を服用していた。昨年8月、仕事の息抜きにアイスクリームを食べようとしたところ、肩と胸の間に激痛が走り、動けなくなってしまった。
そのときAさんの頭には親戚が大動脈破裂で亡くなったことが思い浮かんだという。Aさんはすぐ病院に運ばれ、人工血管を入れる手術を受けた。リハビリを続け、数カ月後に職場復帰を果たしたAさんについて、東京医科大学病院の荻野均主任教授は「発症後の対応が素早くいった例だ」と話す。
■温度差を極力回避
大動脈解離の予防はなかなか難しいが、食生活などの生活習慣に気を配れば、リスク低減につながるといわれている。例えば、血圧を上げないように食塩の多い食品を避けたバランスのよい食事をとるとともに、適度な運動を心掛ける。
たばこを吸っている人はやめ、酒は飲みすぎないようにするなど、生活習慣病対策と共通する取り組みが有効だと専門家は口をそろえる。一命を取り留めたAさんも、塩分の摂取量を意識するとともに、ウオーキングや体操などに取り組んでいる。
日常生活の中で血圧が激しく変動するのを避けることも大切だ。例えば、冷房や暖房が効きすぎた部屋から外へ出るときなどに血圧が上がりやすいので、外気との温度差をなるべく少なくするようにしよう。
動脈の病気は静かに忍び寄る。正しい知識を備え、日ごろから行動に気を配ることが重要だ。
(山口成幸)
[日本経済新聞夕刊2014年8月8日付]