パルコ・プロデュース「母に欲す」人の深層心理、光や音で描く

のろのろとした動き。くぐもった蚊の鳴くような声。極端に長い間。テレビや留守電の白々とした音声だけが流れる場面もしばしば。

三浦大輔(ポツドール主宰)の作・演出する舞台はいかにも奇異だ。ふつう芝居は暮らしの劇的な部分に光をあてるが、その逆を行く。布団から起き上がって着替える。階段を上り下りする。そんな何でもないシーンが異様にふくらむ。人が動物園の獣のように見えてくるのである。

東京で怠惰に一人暮らしをする兄は無気力で電話もとらない。ようやく母の死を知り、東北の実家へ。田舎で働く弟とのけんか。父親が別の女を家に入れ、兄弟の心は波立つ。これだけの話が3時間余り(休憩こみ)にもなる。

舞台は心理学でいうエディプス・コンプレックス、異性の親に近親相姦(そうかん)的な愛情をもち、同性の親を憎む深層心理をなぞっているようだ。それをセリフではなく、光や音や空気の流れから描こうとするところに演出の独創がある。

生の声は小さく、電話の音声は大きい。ゆがんだ聴覚の世界に大友良英の音楽が憂愁の色をまとわせる。心に魔を呼ぶ夕日とヒグラシの声。壁に映る大きな頭の影……。

ことに弟のなまりが兄の乾いた心を揺さぶる感覚が鋭い。弟役、池松壮亮の発する「兄ちゃん」がいい。ダメ男が真人間になるための通過儀礼としての母の死。それを刻印する終盤の音感のドラマ、兄役、峯田和伸の嗚咽(おえつ)が切実。

賛否は割れよう。観客の集中力には限度があるし、演出家のこだわる性的シーンも時に図式的になる。容易に着地しない舞台表現だ。けれどコミュニケーションの最前線には触れている。異才だ。ほかに田口トモロヲ、片岡礼子ら。7月29日まで、東京・パルコ劇場。8月2、3日、大阪・森ノ宮ピロティホール。

(編集委員 内田洋一)

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